「東京消防庁出初式」
 
「出初式」(でぞめしき)とは、新年の初めに消防署員や鳶の人達が集まって、消防動作の型などを演習する行事です。模擬火炎やハシゴの曲乗りなどが披露されます。
 
 
出初式の起源は、今から約350年ほど前の江戸時代です。当時、江戸の町は明暦3年(1657)に発生した大火により未だ焦土の中にあって、苦しい復興作業にあたる町民は絶望的な状態にありました。
 
 
万治2年(1659)正月4日、旗本の率いる定火消(じょうひけし)総勢4隊が、上野東照宮前で1年の働きを誓ったことに始まります。「出初」を行ったことが、市民に大きな希望と信頼を与え、これが契機とり、お正月の恒例行事として受け継がれてきました。
 
 
東京では、昭和28年以来、正月6日に行われていますが、地方によっては日はまちまちです。
 
 
実施場所◇東京ビッグサイト東駐車場
 (東京都江東区有明三丁目10番先)
 
実施時間◇開式9時45分
9時35分頃よりオープニングパレード開始
 
 
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 「高崎だるま市」
 
毎年1月6日正午から7日午後1時までの両日、少林山達磨寺内で「少林山七草大祭だるま市」、通称「高崎だるま市」が開かれます。
 
 
だるま(達磨)は、禅宗開祖の達磨の坐禅姿を模した置物、または玩具で、縁起物として親しまれています。多くは張子(はりこ)で作られ、目の部分は書き入れずに白のままに残します。そして何らかの祈願を行った後、祈願が叶うと目を書き入れます。
 
 
「起き上がり小法師」は、底が丸く重心が低く作られ、倒しても起き上がります。その何度でも起き上がる様子が「達磨の面壁九年」という坐禅を続けた逸話に見立てられ、達磨の顔が描かれるようになり、「起き上がり」「七転八起」から、次第に縁起物とされるようになりました。
 
 
だるまが赤いのは、達磨が赤い衣を着ていたとされることに由来します。だるまは魔よけの力があるとされ玩具として子供に与えられていました。
 
 
群馬県高崎市で生産されるだるまは「上州だるま」とも呼ばれます。全国生産の約80%が生産されます。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 二十四節気「小寒」しょうかん
 
1月6日7時44分「小寒」です。旧暦12月、丑(うし)の月の正節で、冬至後15日目。新暦1月5日か6日頃にあたります。天文学的には太陽が黄経285度の点を通過するときをいいます。
 
 
この日をもって「寒の入り」とし、寒中見舞いが出されます。また、この日から節分までを「寒・寒中・寒の内」といい、約30日間厳しい寒さが続きます。
 
 
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 「七十二侯」
 
◆初候「芹乃栄」(せり すなわち さかう)
◇空気が冷え、澄みきるようになり、芹がよく生育する時節。
 
◆次候「水泉動」(すいせん うごく)
◇地中では凍った泉が動き始める時節。水泉=わき出る泉。
 
◆末候「雉始★」(★句隹)(ち はじめて なく)
◇雉(キジ)が鳴き始める時節。
 
 
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 「初寅」
 
「初寅」(はつとら)とは、その年の初めての「寅」(とら)の日のこと。
 
この日、「毘沙門天」を祀る社寺で縁日が行われます。「初寅祭」(はつとらさい)といって、初詣の人々で賑わいます。
 
 
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 「六日年越し」
 
昔、六日の日を「六日年」や「六日年越」と呼び、もう一度「年をとり直す」という日でした。翌七日は「七日正月」の式日なので、それを意識したものです。
 
 
六日の夕方、採ってきた薺などを切りながら、歌を歌って祝いました。そうして準備した菜は、翌朝の七種粥に入れて食べます。
 
 
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 「公現祭」
 
「公現祭」(こうげんさい)とは、人としてこの世に現れたイエス・キリストが、神性を人々の前で現したことを記念するキリスト教の祭日です。公現節(こうげんせつ)・主の公現などとも。
 
 
12月25日のクリスマス~1月6日までの12日間を降誕節(こうたんせつ)としています。一般に「十二夜」といい、悪霊が暴れ回る期間だとか。シェークスピアの戯曲「十二夜」はここから付けられたもの。
 
 
この日、魔女が子供にプレゼントをするという風もあります。
 
 
音譜つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
≪今日の読み物≫
 
 「新年宴会」
 
「新年宴会」(しんねんえんかい)とは、もと祝祭日の祝日の一つ。毎年正月5日に宮中で新年の祝賀として皇族・親任官・外国の大使公使などを招いて盛大に行われた儀式のこと。「新年会」のルーツです。
 
 
奈良時代より朝廷を中心に行われていた元日の節会に由来。応仁の乱などから皇室の衰微とともに一時中断されていましたが、明治時代に再興されました。
 
 
宮中では元日に種々の行事が重なるため、明治5年から招待宴を1月5日に移し「新年宴会」としました。
 
 
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 「初水天宮」
 
毎月5日は水天の縁日です。正月始めのこの日を「初水天宮」といって、変わらぬ世を祝います。
 
 
水天は、十二天・八方天のひとつ。水を司る竜神で、密教では西方を守護する神。羂索(けんさく)を執り、冠の上に五竜を頂き、亀の背に乗って水中にある姿などであらわされます。
 
 
福岡県久留米市の水天宮は全国の総本宮で、安徳天皇と建礼門院を祀ります。祭神は水徳の神で、船人の守護神として篤い信仰があります。また、安産・水難除けのご利益があるといわれます。
 
 
東京日本橋の水天宮は、水難除け・安産・商売の守り神として有名です。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「官庁御用始め」
 
「官庁御用始め」とは、正月4日に全国各地の諸公官署が、新年初めての執務を始めること。
 
 
江戸時代、1年の仕事始めは1月2日でした。明治6年、官庁では12月29日から1月3日までを年末年始の休暇とすることが定められました。
 
 
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 「九星陽遁始め」
 
「九星」(きゅうせい)とは、「九紫:きゅうし」・「八白:はっぱく」・「七赤:しちせき」・「六白:ろっぱく」・「五黄:ごおう」・「四緑:しろく」・「三碧:さんぺき」・「二黒:じこく」・「一白:いっぱく」のこと。
 
 
年に配する「年家九星」(ねんかきゅうせい)は、「九・八・七…」のように「陰遁」(いんとん)し、九星と六十干支を組み合わせて180年で循環しています。
 
 
月に配する「月家九星」(げっかきゅうせい)も陰遁し干支と組み合わせて180ヶ月で循環しています。
 
 
日に配する「日家九星」(にっかきゅうせい)も、干支と組み合わせて180日で循環していますが、「夏至に最も近い甲子の日から陰遁」し「冬至に最も近い甲子の日より陽遁」を繰り返しています。
 
 
この「陰陽」(いんよう)というのは、中国の陰陽五行思想からきています。中国の古代哲学を支配することになる陰陽五行思想は、宇宙生成の論理、人間道徳の原理をも含む、一つの自然哲学とも言えます。
 
 
「陰」(いん)は、冬至において繁盛の極みに達し、その後しだいに衰え、夏至に至って皆無となります。その時、陰は再び生じ、しだいに長じて、冬至に至って再び繁盛に達します。
 
 
「陽」(よう)は、夏至において繁盛の極みに達し、その後しだいに衰え、冬至に至って皆無となります。その時、陽は再び生じ、しだいに長じて、夏至に至って再び繁盛に達します。
 
 
つまり「陰」が増大する過程を「陰遁」(いんとん)、「陽」が増大する過程を「陽遁」(ようとん)といい。万物は「陰遁」か「陽遁」のどちらかの過程にあって静止することはありません。
 
 
まず、九星は「冬至」を基準とします。冬至に一番近い甲子の日を「陽遁の開始日」と定め、この日を「一白」として、二黒、三碧、四緑、五黄…と半年間繰り返します。夏至に一番近い甲子の日を「陰遁の開始日」として、この日を「九紫」として、八白、七赤、六白と繰り返します。これを「日家九星」といいます。
 
 
この方法で繰り返すと、陽遁の最終日は「九紫」で、陰遁の開始日も「九紫」なので、九紫が二日続くことになります。
 
 
反対に陰遁の開始日は「一白」ですから、一白が二日続くことになります。
 
 
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 「甲子」
 
「甲子」(かし・かっし・きのえね)とは、甲子待ち・甲子祭の略称。子祭ともいいます。
 
 
「甲」は陽の木、「子」は陽の水で五行相生して吉。十干十二支の組み合わせ60種のうちの「1番」で、目出度い日とされています。
 
 
この日、甲子待ちと称して子の刻(午後11時~午前1時)まで起きて、大豆・黒豆・二股大根を食膳に供え、大黒天を祀ります。子(ね)を、ねずみと結びつけ、ねずみを大黒天の使いであるとみなして、子の日に祀るようになりました。
 
 
甲子・庚申・己巳は、江戸時代に商家で盛んに行われました。現在でも各地に行事として残っています。
 
 
甲子は、日では60日で循環し巡り、年では60年で循環し巡ります。中国では甲子の年は政治上の変革があるとされ、甲子革命が説かれたりしました。日本でも甲子の年は、改元が行われました。
 
 
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 「初子」
 
「初子」(はつね)とは、その年の初めての「子・ね」の日のこと。この日、大黒天を祀る社寺で行われる縁日のことを「初子祭」(はつねさい)といい、初詣の人々で賑わいます。
 
 
「大黒天」は、天部と言われる仏教の守護神の一人で、軍神・戦闘神、富貴爵禄の神または厨房・食堂の神ともされます。
 
 
日本においては「大黒」の「だいこく」が「大国」に通じるため、古くから神道の神である「大国主」と混同され、習合して、破壊と豊穣の神として信仰されました。後に、豊穣の面が強く残り、「七福神の一柱」大黒様として知られる食物・財福を司る神となりました。
 
 
大国主の神話では、スサノオの計略によって焼き殺されそうになった時、鼠(ねずみ)が助けたということから、鼠が大黒天の使いであるとされます。
 
 
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 「天赦日」
 
「天赦日」(てんしゃにち・てんしゃび)とは、選日や雑注にも入れられる歴注のひとつで、天が万物の罪を赦す(ゆるす)日とされる「極上の大吉日」です。
 
 
歴注に「万よし」と書かれるのは天赦日に限ります。現代風に考えれば、日曜日と祝日と祭日と大安が重なった日とでも言いましょうか。
 
 
この日「百神が天に昇る日」とされ、天が地上の万物を生養し、その罪を許します。
 
 
天赦日は年に5~6日あります。立春から立夏の前日までの「戊寅の日」。立夏から立秋の前日までの「甲午の日」。立秋から立冬の前日までの「戊申の日」。立冬から立春の前日までの「甲子の日」です。
 
 
今回の天赦日は、「立冬から立春の前日までの甲子の日」にあたります。次の天赦日は3月18日です。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「初亥」
 
毎月「亥の日」は「摩利支天」(まりしてん)の縁日です。正月初めの亥の日を「初亥」(はつい)といって賑わいます。
 
 
摩利支天は「日光」(陽炎:かげろう)を神格化したもので、日天に属し、国家と国民を守るという女神です。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かないといいます。
 
 
あるいは「威光」と訳され、インド神話の風神のひとつで、常に太陽に付き従って自在の通力を持つといわれる女神とされています。摩里支、末利支とも表し、摩利支菩薩、摩利支提婆とも称します。
 
 
「仏説摩利支天菩薩陀羅尼経」によれば、常に日の前に居て、日に仕えるが、その姿は日から見えず、また人からも見ることは出来ません。故に、人に捉えられたり欺誑されることもなく、害されたり、また怨まれる者に自分のことを知られることがないのだとか。
 
 
摩利支天を念ずると一切の災いを免れ、身を隠す術を得ることが出来るという。諸天善神の中で最も霊験あらたかな守護神といわれ、武勇の神として祀られ、中世に武士の守り本尊として信仰を集めました。護身・隠身・遠行・得財・勝利にご利益があるといわれます。
 
 
その像の多くは「八臂」(はっぴ)あるいは「三面六臂」(さんめんろっぴ)で、金剛猪身に乗る天神像などで表されます。猪の上に立つことから「亥の日」が縁日となりました。※臂(ひ)=手の数。
 
 
現在では、芸者や相場師などの信仰を集めています。特に、京都建仁寺の禅居庵裏の摩利支天、東京上野の広小路裏の徳大寺摩利支天が有名です。
 
 
建仁寺◇京都市東山区大和大路通四条下る小松町
◇JR「京都駅」~バス タクシー10分 
 
徳大寺◇東京都台東区上野4丁目6番2号
◇JR山手線・京浜東北線「御徒町駅」徒歩2分
 
 
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 「福岡箱崎宮玉せせり」
 
「玉取祭」(たまとりさい)は俗に「玉せせり」といい、全国に知られる奇祭です。起源は定かではありませんが、古く盛大かつ厳重に行われている祭りです。
 
 
午後1時、玉洗式で洗い浄められた「陰陽の2つの玉」は、末社・玉取恵比須神社に運ばれます。祭典ののち、陽玉は競り子たちに手渡され「玉せせり」が始まります。
 
 
玉に触れると、悪事災難を逃れ幸運を授かるといわれます。裸の競り子たちは「勢い水」を浴び、体から湯気を立て激しい争奪戦を繰り広げながら本宮へ向かいます。楼門下に待つ神職に手渡され、陰陽の2つの玉は再び揃って神前に納まります。
 
 
「筥崎宮」(はこざきぐう)の祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫命(たまよりひめのみこと=神武天皇の母)。筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐・岩清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられます。
 
 
筥崎宮◇福岡県福岡東区箱崎1-22-1
 
◇JR九州「箱崎駅」徒歩8分
 
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