本日は久し振りにスタバで読書しています

第4章は現代の経済が循環について


「ひと昔前なら、銀行は返済できると確信できなければおカネ貸していなかったが、1920年代金融の歯車が狂った
その背景となったのは、①産業革命によって市場社会の経済がものすごい勢いで拡大し、借金の額が増加したこと、②事業がうまくいかない場合にも、銀行が被害を被らない方法が生まれたこと
②について、その債権を小口に分割してたくさんの投資家に販売するようになった。その際、銀行に預金していた時よりも高い金利を受け取れるように設定したから。

このようなことを続けた結果、社会全体が借金漬けに経済成長がそれに追いつかない。
利益を出しても返済できない状況になる。
よって、大量倒産、大量失業が生まれる。

そこで助けるのは国家、中央銀行=政治の力

どうやって?
どこからともなく、パッとお金を出す
それが国債

中央銀行が、未来から交換価値を借りてくるとき、それは利益が欲しいからではなく、銀行を救い出し、破壊されそうになった経済を取り戻すため。

「労働者には雇ってくれる起業家が必要で、起業家はものを買ってくれる労働者が必要だ。起業家はおカネを貸してくれる銀行が必要で、銀行は利子を払ってくれる起業家が必要だ。銀行は守ってくれる政府が必要で、政府は経済を動かしてくれる銀行が必要だ」

経済はすべての人に頼っている


そんな経済の循環機能がわかったところで、国債の話に戻る

国債=公的債務はなにがなんでも避けるべきものだと思っていたが、実は国債は少な過ぎても問題

なぜか?

「市場社会において銀行は公的債務がなければ生きられないからだ。公的債務がなければ市場社会は回らない。」

「また国債は、何かが起きたときに大惨事を避けるための緩衝材にもなる。」


ここまでが第4章