タイトルが重いですね。。。

 

実は先日、丁度南米旅行から帰ってきた日の夜に主人のお義母さんが亡くなったという知らせがあった。

本当に、素晴らしいタイミング!お義母さんがタイミングを見計らってくれたのかな、って。

彼も、「いつも、おかんには助けられてばかりだ」と。

 

以前にもブログ記事にしたことがあったけど、お義母さんはもう10年近く延命治療を行っていて、寝たきり状態となっていて、

だから、いつ亡くなってもおかしくないという状況下にはあった。

 

でも、私が先月くらいに初めてお会いしたときは、しゃべることは一切できないものの、目を見開いて認知しているように感じた。

 

息子が来たという事に対するうれしいという想いと、自分がこんな状態であることへの申し訳なさを理由に涙を流していたように思えた。

 

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丁度、お義母さんの訃報を聞いたとき、世間のニュースは、樹木希林さん死去と安室さん引退のニュース一色だったから、なんとなくそのワイドショーをTVでチャンネルを変えてはエンドレスで見入っていた。

 

樹木希林さん死去と安室さん引退のニュースに共通項があるとすれば、「終わった」ということ。

どちらも悲しくて、未来が見えない状態。

 

だけど、かれらの過去の軌跡が輝かしくてどこかやりきった感があった。

 

それが生き様」というやつなのかな。

 

「死」を受け入れていけるかどうかは、生前または現役時代に、やるだけやった!と胸を張れるかどうか。

 

「死」を意識することで、生き様や生き方、生きることに対する考え方が確かに変わるかもしれない。

 

南米旅行で出会った素敵な70代80代を見て、「私も、あんな素敵に年を取りたいな」と思ったし、

モノを持っては死ねないから、やっぱお金は経験と知性になるものに使いたいなとかねキラキラ