どうも、こんにちは。
今日は、「精神と物質が別物ではなく、
完全につながりがある」という内容をいろんな
角度から見ていこう。


一番わかりやすい例が「病は気から」である。

心の持ちようによって、
病気が進行する速さが違ってくる、場合によっては、
完全に治ることもある。




心と体が密接につながっているいい例である。
では、心の動きと体の動きを完全に引き離すことは
可能だろうか。


イライラしているときに作り笑いをするとしよう。
そうするとどうしても不自然な笑顔になってしまう。
引きつったり、顔は笑っているのに目は笑っていない
という現象だ。
また、疲れているときに無理してにこにこしていても、
「大丈夫。疲れてるんじゃない?」って、
相手に気遣いしてもらうことが多々ある。


やはり、心と体はつながっていて、
分離させようとしても、完全には分離しないのだ。
次に、「プレッシャー」の例を見ていこう。
失敗したらどうしようとか、
期待にこたえられるかどうか不安だとか、
プレッシャーからマイナス思考に陥れば、


身体も固くなり、思うような結果が得られない。



逆に、プレッシャーをいい緊張感と捉(とら)えて、
応援してくれるみんなを最高の気分にさせてやろうとか、
優勝したら、しばらくはパーティ状態だろうなとか、
ワクワク感を持って、ぶつかれば、


普段よりもいい結果が得られることもある。



さて、ここまでは、同一人物における心と体が
つながっているということを示してきた。
では、別々の人や別々の物のつながりについて
見ていこう。
多くの宗教では、「祈りの力」を説いている。
そして、誰かのために、あるいは世界のために、
心を込めて祈ると、まず自分の心が美しく豊かになり、
それが伝播(でんぱ)して、相手の心に変化の兆しが表れ、
世界もだんだんと良くなっていく。



ときには相手の病気が治っていくこともある。
このような内容を宗教家たちは経験的に悟っているのだろう。
祈りの文化は世界中に広がっている。
もっと身近なところでは、「応援」というものがある。
ホームとアウェーでは、やはりホームゲームの方が
力を発揮できることが多い。



ということは、応援や声援が、選手たちの心に届き、
さらには、力に変わっているのだろう。
最後に、
人と物のつながりについて見ていきたい。
これは前回「超常現象の迷宮を崩せ」の回で、
見てきた内容だ。
スプーン曲げ、ポルターガイスト、
心霊写真などの現象だ。
心霊写真は、
肉眼では見ることのできない霊がなぜだか写真に
写ってしまうという謎の現象だ。
カメラやフィルムにも精神性(心的要素)があるので、
霊はそこに影響を与え、そして、
影響を受けたカメラやフィルムの精神性(心的要素)が
心霊写真という物質の形としてあらわれるのだ。
もっと身近な例で行くと、
人生ゲームとかすごろくで、
やけに強い人がいる。




いつもこの人勝っているなあという現象。
「絶対に勝つ」という気迫や
「今日も勝つな」という圧倒的な確信が
サイコロやルーレットの目にあらわれてくるのではないか。
逆に負けぐせが付くと、どんどん負ける。




「何で俺ばっかり不運続きなんだ」という不平や
「どうせ負けるんだろうな」というあきらめが
形となってあらわれることがあるように思う。
真実はいつも……



……ひ・み・つ


