今日は、11月22日
語呂合わせで”いいふうふ”の日。
そういう訳でもないんですが、気温も21℃もあり、気持の良い小春日和の暖かな一日です。
家に、じっとしていても、勿体ないので家内とドライブに行くことにしました。
行先は
少し足を伸ばして、隣の飯塚市にある「旧伊藤伝右衛門邸」に行ってみることに。
途中の山の紅葉は、もう少しといったところでしょうか。
さて、この伊藤伝右衛門という人、2年ほど前のNHKの朝の連ドラ「花子とアン」にも出てご存じの方も多いと思いますが、
九州 筑豊の石炭王で50歳で25歳の華族の柳原燁子(白蓮)と結婚しています。
そしてこの建物は、明治30年後半に本邸として建てたものです。
大きな門は、城の門の様です。 ちなみにこの建物は長崎街道に接しています。
中に入ると
これが正面の玄関です。
玄関に館内の案内図が。 部屋数は30近くありそうです。 蔵も3つ
敷地の面積は、何と2,300坪。 建物も300坪の大きさ。
玄関脇には、応接間が、 やはり暖炉が有ります。 出窓にはステンドグラスも
やはり、広い作りですね。 天井も当時の建築が残っています。(何というかは?です)
部屋数が多いのですべてを紹介出来ません。
おもろいと思ったところだけ・・・
下の写真の部屋は、二階にある白蓮さんの部屋。
明治の頃は、一般的にはほとんどが平屋だったんではないでしょうか。
この様に、パノラマのような風景で庭を眺めることが出来ます。 素晴らしい。
庭だけで2000坪もあるそうで、H23年に庭園は国指定の名勝となったそうです。
気になる部屋ですが、まずトイレ。
ここは、明治の中期にも係らず何と水洗トイレです。
白蓮さんが頼んで作らせたそうですが・・・
そして、風呂。
湯船は、当然桧風呂なんですが、(現在の物は作り直している)
驚くのは、「シャワー」 です。 その頃にはもうあったんですね。
あとは、蔵です。
今は、資料館として利用されています。
2階もある蔵が3つもあります。
建物を、庭の方から見るとこんな感じです。
当時、金に糸目を付けず、白蓮さんの為に建てたんでしょうね。
しかし、伝右衛門さんは、白蓮さんに愛されず、駆け落ちされ逃げられて、そのことが相手の男性本人から新聞に投稿されして大変だったようで
決して、1122ではなかったようです。
いい夫婦であり続けるのは難しいいんですね。












