少しご無沙汰しました。
何や、かやと、することが、あってUPが滞ってしまいました。
2週間ほど前になりますが、NHKEテレで「団塊スタイル」という番組の中で、35年ぶりに日本で真空管の製造を再開した会社のことが出ていました。日本で止めた古い技術を再度よみがえらせる試みです。
そもそも、若い方は、「真空管てなに?」の状態でしょうから超簡単に説明してみます。
昔、ラジオや蓄音機、新しいのものでは、テレビジョン受信器(1953年より放送開始。もちろん白黒放送)などで、機器の中で主に働いたガラスに入った電球のような部品。
音声を増幅したり、高周波の電波を増幅したりするのに使っていました。今の様に半導体(トランジスタや、IC、LSI)を使った素子の無い時代でしたから、この真空管(電子管とも言っていました。)が全盛の時代でした。
左より
1.ST管(直熱型三極管) 300B
2.GT管(傍熱型双三極管) 6SN7
3.MT管(電力増幅用五極管)6R-P15
4.MT管(電圧増幅用五極管) 6267
私の持っているな中の球を比べて見ました。
真空管の規格からいえば、左から右に行くほど新しくなります。
(注)3番と4番はほとんど同時期です。)
そうです。見てお解りのように古いものほど大きいですね。
しかし、ここで、製造されたのは?といえば、デカい1番と2番が2010年の製造で、小さな3番と4番が、1968年頃の製造になります。
なぜ、本当は古いはずの1番2番が、新しいのでしょうか。
そこが、文頭に書いたお話になります。
日本メーカーが真空管の製造を中止し、時代は、トランジスタから、IC(集積回路)、LSI(大規模集積回路)に移行して行きました。
日本の弱電メーカーは、国際競争に乗り遅れまいとして、古い真空管の製造をやめた訳です。
しかし、オーディオの世界では、真空管アンプの人気が根強く残っており特に古いタイプのST管を使った真空管アンプがマニアの間では、もてはやされていました。
特に希少価値のある、「WE=ウエスタンエレクトリック社」の300Bなどは、1本で15万以上の値段が付くこともまれではありませんでした。
この真空管の需要を見込んで、東欧(ロシア、チェコスロバキアなど)、中国のメーカーがこぞってモノと作った訳です。
50年も、60年も前の技術ですから、特別に最新の生産ラインを作る必要もなったんでしょう。
(少量しか作らなけれは、大規模な工場は不要ですね。)
そんな、事情もあったんでしょう。
大阪にある、高槻電器とい会社が、再度真空管の製造に乗り出しました。
社内では、「プロジェクトX」をもじって「プロジェクト×(バツ)」と言っていたそうです。担当された方も、「だれか早くこのプロジェクトを止めにしてくれないかな」と思ったそうです。古い技術ですが、誰にも教わらずいちから開発しなければならず、製品の形が出来るまで3年もかかったそうです。
「300B」です。
WEの商品の音質を超えたいとの思いで開発された球です。
金額 2本(ペア)で98,000円します。
しかし、月産40~50本しか出来ないと
いわれていましたから、それでも儲かっていないのかも?
真空管に思いを馳せていると今日、友人から昔作った、真空管アンプを頂きました。
35年以上前に作ってそのままになっていたらしいです。
残念ながら真空管は、有りませんでしたが。
6R-A8というMT管の電力増幅用真空管を片チャンネル2本使ったPP(プッシュプル)のアンプです。
右上にある四角の黒い塊は電源トランスでその左に2つあるこれまた黒い塊は出力トランスです。
電源トランスの前にある3本の円柱形のものは、ブロック型の電解コンデンサーです。
この様に、30年、40年前の少年は、憧れたオーディオを自分で作っていました。
特別な工具も無く、「シャーシ」
周りのアルミのケースのことですが、
これに穴をあけるのも、手回し式のハンドドリル。 今でも有りますが・・・
を使って汗びっしょりになりながらやったものです。
シャーシに穴を開け部品を取り付けると今度は、配線です。
配線は、半田ごてを使ってハンダを溶かして取付ます。
今は、プリント基盤の上に部品をハンダで取り付けるのがほとんどですがこの頃は、抵抗、コンデンサーというような部品は、すべて1個1個ラグ板という端子を使って空中で取り付けていました。
ですから、半田図付けの技術がモノを言ったわけです。
今を思えは、このアンプを作る時は、寝食を忘れて熱中した思い出があります。
・・・・・・これは、貰ったアンプでしょ・・・・!
いや、いや、作った友人もきっと同じだったと思いますよ。
お母さんが、「ご飯ですよ。」て呼んでも、回路図とにらめっこで
どうして、うまく音が出ないのかなって・・・・・・
そんな、時代が懐かしい今日1日でした。


