こんにちは
およそ3年前
2016年5月から第一展示室【原始・古代】が
リニューアル工事のため見学不可となりましたが、
今月19日工事完了しオープンしました
新しいタイトルは【先史・古代】に変わりましたが、
今回のリニューアルの目的の一つでもあるようです
確かに以前の『原始』という言い方はちょっと乱暴な表現です
旧石器時代・縄文時代・弥生時代・古墳時代全部『原始』で
くくってしまっているからです
漫画の原始人が端的でこの時代はみんな野蛮で石槍や
石斧を持って狩りをしていたというイメージを持ってしまいました
しかし、実際は野蛮人などではなく各時代文化・風俗が
ありましたし他地域との交易もありました
特に最近稲作についてはこれまでの定説より数百年早く
縄文時代から行なわれていたこともわかり、縄文時代と
弥生時代の区別について再検討されたりしています
そういう中でのリニューアルでしたのでとても楽しみでした
私たちの祖先が日本列島に到達したのは今からおよそ
37000年前の後期旧石器時代とされています
写真は黒曜石を割って石槍(打製石器)を作る実演中・・・・・
ではなく人形です
こちらは皮をなめしたり(左)、縫い合わせているところ
ちなみに穴の開いた縫い針(骨製)は3~4万年前東シベリアで
発明されたと言われています
当時の調理の様子(想像)
木の実や植物の根を木の葉でくるみ蒸し焼きにしています
縄文時代は今から16000年前から2400年前と表示
されています
旧石器時代との相違ですが、どちらも同じ狩猟採集生活ですが、
打製石器から磨製石器に進化していることと獲物を
追って住処を移動する生活から定住生活へ変化したこと及び
土器製作も始まったことから区別されています
縄文時代になるとかなり広範囲に交易が行われていたことが
確認されています
獲物を追っての移動ではなく、:経済活動(物々交換)のための
広がりです
原始人なんてとんでもない
稲作は紀元前10世紀後半に朝鮮半島南部を経て
九州北部にもたらされました
しかし、全国的に広まるのはそれから600年後ぐらいのため
弥生時代は紀元前4世紀以降とされています
日本初のイエネコ君
左が弥生時代の女性、
二ホンアカネで染めた上着、クチナシで染めた帯、
ガラスと翡翠の首飾り
右は縄文時代の巫女
シカ革の衣装とブーツ、翡翠の首飾り
紀元前後中国の史書に初めて『倭』が登場します
この当時の『倭』は統一国家ではなく
単に『倭』という地域ぐらいの意味で記されています
古墳時代は3世紀後半以降とされています
古墳築造が大和朝廷の前身とされるヤマト王権の指図なのか
単なる流行なのかよくわかっていません
沖ノ島のコーナーもあります
常設展ですからいつでも見ることができます
明日も良い日になりますように