英語教師(英検1級取得・全国通訳案内士)!ウォーカーと歩く! -22ページ目

英語教師(英検1級取得・全国通訳案内士)!ウォーカーと歩く!

<似顔絵イラスト/英語教育・学習/ホームルーム話材> - WEBサイト(http://walkerosawa.wix.com/osawawalker)の続きを書(描)いています。

「英語は実技」と言いますが、英語に限らず、各教科をスポーツに例えると。
 
英語: 水球
そもそも泳げないと(単語・文法を知らないと?)プレーできない。ただし、水中という負荷がかかっているだけに、初中級レベルでは、国語ほどの深い読みは求められない。一定のレベルまで到達しないと、日本語と異なり自由にコトバを操れないため、水中での「もどかしさ」が、いっそうツラく感じる!?
 
国語: ハンドボール
英語が水球ならば、地上と空中で行われるため、運動神経がよければ思う存分、身体(思考)を働かせることがデキる。はじめから深い読みやディスカッションが可能!
 
数学: 弓道
一つの解答に向けて心を集中させる。作法に則って、無心に的(まと)に挑む。ヒラメキが求められる点で精神修養が必要!
 
理科: 新体操
実験や図解などでビジュアル的に理解するため。
『理科ねっとわーく』で、多くの良質な画像・動画資料が無償で提供されていたことは画期的。見た目が華やか??
 
地歴公民: バレーボール、ドッジボール
身近で馴染がある。特に歴史は人気が高い? 誰にでも「取っ付きやすい」という点で。
 
以上、最も的を射ている例えはどれでしょうか??
いずれにしても、自分の担当教科の目線(視点)だけで、他の教科を語るのは禁物!? この文章自体!?(笑)

若いうちは何かと不安で落ち着かないものです。

それは、自分が何者か? それが分からないからかもしれません。

では、それを知るために、特に中学・高校時代に必要とされることを2つ。

 

~ 「失敗」 ~

まず第一に、自分には何が出来て、何が出来ないのか?

やってみないことには分からないことが多くあります。

そこでひとまず、さまざまなことにチャレンジして、

とりあえずデキたところまでを「到達点」として印を付けます。(逆に言えば、「失敗」した地点の手前に印を)。

また、別の方面のことにチャレンジして、デキたところに「到達点」の印を付けます。

同様に、他の方面についても・・・。

これを繰り返していくと、いくつもの「到達点」が印(しる)されてきて、

最後に、それらを結ぶと、自分という存在の「輪郭」が描けるかもしれません。

※何かと大人が先回りして、子どもの失敗を回避させるのは、「輪郭」を描く機会を奪うことになりかねません。また、失敗を許容し、その機会を敢えて奪わない学校こそ、教育的だと考えます。

 

~ 「出会い」 ~

次に、自分の個性・特徴とはどのようなものなのか?

これは、他者と比べてみないことには分からないことも多くあります。

そこでひとまず、さまざまな人たちとの出会いを経験して、

とりあえず気付いた他者との違いを「相違点」として印を付けます。

また、同一人物の他の側面や、別の他者に接して感じた「相違点」に印を付けます。

同様に、他の側面についても・・・。

これを繰り返していきますと、いくつもの「相違点」が印(しる)されてきて、

最後に、それらを結んでも、自分という存在の「輪郭」が描けるかもしれません。

※無理に相違点を見つけるのではなく、たとえば(同調圧力のせいでもかまいませんが)、同じようにしようと努めても、どうしても違ってくる点を見つけます。また、多様な生徒が集まる環境が、学校選びのポイントになります。

 

最後に・・・。

「彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」!(『孫子』)

いや、それよりも何よりも、自分という存在が何者であるかということがボンヤリとでも分かって安心!?

 

そこで、新シリーズ「良い学校・悪い学校・普通の学校」を企画しました。

『学校見学』
普通の学校: 原則、指定された日時に実施。
悪い学校: 本業を差し置いてでも、随時、実施。 
良い学校: 本業に支障をきたさない範囲で、指定された日時に誠意をもって対応。 ※保護者が「本来」期待すべきことに優先順位と軽重をつけている。

『校長講話』
普通の学校: 「校長講話」だけに校長先生が話す。
悪い学校: 担任・学年主任・教頭先生が取り上げるような話をしてしまう。
良い学校: 生徒とじかに接する機会が限られるなか、教養・学識・経験に裏付けられた教育理念を大いに語る。 ※校長が、生徒募集上の最大のコンテンツ(?)だと理解している。また、講話は、授業の巧拙と相関関係がある(?)ので、一般の教員の手本となる。

『成績不振者指導』
普通の学校: 補習をする。
悪い学校: 「機会の平等」だけでなく、「結果の平等」を過剰に求める。
良い学校: 過度に「結果の平等」を求めることで、成績中位・上位者への指導が手薄になることも念頭に置いている。
 
『サッカー』
普通の学校: セオリーを大切にしている.
悪い学校: ボールに全員の選手を集める。
良い学校: 常にオフェンス・ディフェンス全体の状況を見て、得点の機会をうかがっている。
 
では、投稿お待ちしています(笑)
 

教員にとって、授業中、あれもこれも欲張って教えたくなる気持ち抑えることは、なかなか難しものです。

そのとき、思い出すべきことは2つ!?

 

1.反比例

「教える量」と「定着率」は反比例します(笑)

欲張って教えれば教えるほど、授業の狙いが散漫となり、教わる方の記憶に残らなくなります。また、そもそも、量が増えれば、それだけ「消化不良」になります。

常に、キャパを考えて・・・。

 

2.「パレートの法則」

教えたいことが10コある場合、優先順位の高い2つを的確に選んで授業で取り上げます。2割の項目をしっかり教え伝えることで、授業全体の成果の8割が上がります!? (この法則に従えば)

※「パレートの法則」: 野口悠紀雄先生の著作で初めて知ったコトバなので、次のWEBサイトをご紹介します。http://office.noguchi.co.jp/archives/1053

 

果たして授業中、教えたい気持ち・欲張る気持ちを我慢することはできるのか? 自問!(苦笑)

 

 

 

 

1990年代に、フジテレビで『料理の鉄人』という番組がありました。

毎週、有名料理人が招かれ、毎回、異なる食材を、制限時間のなかで腕を振るって調理しました。そして、最後に審査員によって勝敗がつけられるといった趣向でした。

和洋中という異なる分野であるにもかかわらず共通の食材をめぐって、しかも、一流中の一流であっても優劣をつけられるという、料理をエンターテインメント化した番組だったと記憶しています。

 

ならば、「料理」だけでなく「授業」でもデキるのではと考え、以下に提案します。

『授業の鉄人』!

 

1.食材ならぬ教材:

例えば英語ならば、文法項目(不定詞、関係詞、等々)、リーディングスキル、実際の入試問題、単語の覚え方、などなどで対決!

 

2.対決する出演者:

塾・予備校対決ならば、S台 vs K合塾 vs T進? Sックス vs N能研 vs Wアカ? 学校対決ならば、これから評判を高めたいと考える新興勢力? また、個人エントリー有りの道場破り的教員??

 

審査員:

林修先生や、田尻悟郎先生、和田秀樹先生、等々、全国的にお馴染みの方々や、腕利きの教育関係者の方たち。

 

4.世の中?に与える影響:

世間では、受験、塾選び、学校選び、授業内容への関心は高く、古くは『平成教育委員会』(フジテレビ)の人気、最近では、出身大学別でチームを組むクイズ番組流行りなどを考えても視聴者にウケます!?

そして、何より、授業の指導法に関して、多くの教員・保護者・教育関係者が、番組を通して、そのスキル・知識・経験をシェアできることが、日本の教育界を、(たとえ一時であるかもしれませんが)、少なからず前に進めることができる気がします。

 

最後に・・・。

授業指導のエンターテインメント化です! 業界のどなたか、ぜひともお考えいただけないでしょうか? そして、もし実現したら、「仮定法」の食材(教材)にでも、出演させていただければ幸いです。(笑)

 

卒業に際して、そして、教育の現場で、軍隊の話をすることには多少の抵抗感がありますが、以前、次のような話を聞いたことがあります。

それは、行軍において兵士が疲弊するのは、目的地を知らされていない場合だということです。

これは、秘密裏に作戦を遂行するためか、どこへ移動しているかが伏せられているケースです。何かと先が見通せない不安も手伝ってか、目的地が知らされているときよりも、兵士の精神的、肉体的な疲労が大きいと聞いたことがあります。

 

卒業する皆さんは、短期、中期的に、しばらくの間は、人生の目的地をしっかり見据えて歩みを進めることができます。希望していた進学先で、望みどおりの研究に専念するかもしれません。また、1年後に再チャレンジして今年の無念を晴らし、その後、目指す研究にいそしむのかもしれません。そして、就職してからも・・・。

しかし、もっと長いスパンで考えたとき、何かと、ままならない人生において、目的地を見失う場面があるかもしれません。そして、目標がないまま歩みを進めることが、目的地を知らされていないままに行軍する兵士の状況と重なることもあり得ます。

そのとき、思い出して下さい。道に迷ったときは、出発地点まで引き返すとよいと言われるように、人生の途上で道に迷ったときにも、出発地点に戻るべきことを。

出発地点とは、他でもありません。十代の終わりに青雲の志を抱いて次のステージに一歩を踏み出した高校卒業の瞬間です。このときの気持ちこそ、みなさんの出発地点なのです。

卒業おめでとう。そして、今日抱いている気持ちと志を、いつまでも忘れないで下さい。

 

 

それはね・・・。

単語は、レゴブロックの一つひとつみたいなものだね。たくさんブロックがあれば、それだけ、いろいろなものが作れるよね。さまざまな色や形のブロックがあれば、さらに表現の幅が広がるね。

そして、

文法は、組立ガイドみたいなものだね。どんな順番に組み合わせていくのが効率的でキレイか分かれば、何を作ったか見た人にも分かりやすいよね。

 

以上、これホント?(笑)

 

「○○ロス」に陥る理由の一つは、そこに、あらゆる魅力が詰まっていたからです。
たとえば・・・
「面白くって、為になる!」
「お祭りのような高揚感・熱狂がある!」
「愛憎相半ばするくらい長い付き合いで、思いも複雑!」
「ただただカッコいい!」
・・・などなど。
 
「○○ロス」による耐え難い切なさ・寂しさは、その魅力の裏返しなのです。
しかし、もし、その魅力を出来る限り自分に取り込んで身に付けることができれば、対象の一部とだけでも、いつも一緒にいることができると言えないでしょうか?
 
日々募る寂しさに、如何ともし難いもどかしさで胸が一杯であっても、「祭りのあと」の喪失感は、「完コピ」で克服できます!?
さらに、もし出来得るならば、「守破離(シュハリ)」の「破」と「離」を実現して、ロスの対象と対等な関係を築けるかもしれません!?
 
*「守破離」: 芸術・武道の師弟関係における技術の3つの段階
 
 
 

なさんの学年は、日本の学校教育の歴史に長く記憶されることになります。それは、選挙権年齢が引き下げられ、高校生で初めて投票をした学年だからです。

みなさんの一人ひとりは、2045年問題、アメリカ大統領、安全保障、憲法、等々について、自分なりに何かしらの意見を語れなくてはいけません。なぜなら年齢、学識、経験を問わず、一人ひとり同様に、一票が託されているからです。

もちろん、学校の中において、中立性は十分に担保されています。それは、アクティブ・ラーニングでも活動例の一つとなっているディベート、もしくは、ディベートのコンセプトの入った授業が日々、実践されているからです。

卒業おめでとう。そして、ここで学び、経験したことを、多様性に富むべき社会で大いに生かしてください。

わたしからも、『いってらっしゃい!』