英語教師(英検1級取得・全国通訳案内士)!ウォーカーと歩く! -13ページ目

英語教師(英検1級取得・全国通訳案内士)!ウォーカーと歩く!

<似顔絵イラスト/英語教育・学習/ホームルーム話材> - WEBサイト(http://walkerosawa.wix.com/osawawalker)の続きを書(描)いています。

無謀,無責任,無知,無計画,無思慮,・・・。

ノモンハンもインパールも,

幹部に,そのような人材が多数いることに至った陸軍の「人事評価」とは何か!?

兵士の無念,無残!

 

※ NHKの番組紹介文

「79年前、モンゴル東部の大草原で、日ソ両軍が激戦を繰り広げたノモンハン事件。

ソ連軍が大量投入した近代兵器を前に、日本は2万人に及ぶ死傷者を出した。

作家・司馬遼太郎が「日本人であることが嫌になった」と作品化を断念した、この戦争。

情報を軽視した楽観的な見通しや、物量より優先される精神主義など、

太平洋戦争でも繰り返される“失敗の本質”が凝縮されていた。

しかし軍は、現場の将校には自決を強要した一方で、

作戦を主導した関東軍のエリート参謀たちはその後復帰させ、同じ失敗を重ねていった。
今回NHKは、ロシアで2時間に及ぶソ連軍の記録映像を発掘。

4Kで精細にスキャンした映像を「AIによる自動カラー化技術」で鮮やかに着色し、

戦場の実態を現代によみがえらせる。さらに軍の判断の経緯が証言された、

150時間を超える陸軍幹部の肉声テープも入手。

敗北はどのようにして隠され、失敗は繰り返されたのか。映像と証言から迫る。」

 

 

<追記>

※ 「人事」に関する,最近のニュース

 

「自民総裁選 石破氏の出馬記者会見の要旨」の一部

https://mainichi.jp/articles/20180811/k00/00m/010/170000c

 

「内閣人事局のあり方を見直さないといけない。

政権への奉仕でなく、国民に奉仕する観点で人事は評価されるべきだ。

首相にきちんと意見の言える人ほど評価されないといけない。」

 

 

 

2011年,京都・奈良を旅行したとき,

近鉄奈良線の車窓に突如現れた平城宮の大極殿(再建)。

その姿は瞬時に,その場の「空気感」を変えました。

古の都、悠久の歴史。

 

記憶は定かではありませんが,

何十年も前に広島の平和記念資料館で購入したパンフレットには,

被爆者の方が原爆ドームについて詠んだ詩がありました。

その内容は,次のようなものです。

「凄惨な過去を思い出させる原爆ドームを壊したいが,壊すことはできない。

なぜなら,原爆ドームを壊せば,平和が壊れてしまうから。」

 

もし,被爆当時の浦上天主堂の姿が再建されるならば,その場所はどこに・・・。

いずれにしても,原爆落下中心地にある「遺壁」とともに再建されることに・・・。

そして、どのような空気で、その場を満たしてくれるのでしょうか?

 

江戸城天守閣再建をとり止めさせた会津藩主・保科正之、

現代に生きていたら,何を優先する?

 

 

 

 

随所に桜の花びらが風に舞い,全編にわたって美しい映像があふれているドラマのなかで,

原爆投下直後の様子は,実写で再現されるのではなく,生々しく描写された絵で伝えられていました。

 

ちょうど一年前の今日,このブログで書きました。

**********************************************

被爆者が自らの体験を描いた「原爆の絵」こそ、

(原爆の実相を伝える)第一級の資料の一つになるのではないかと思います。

※ 広島平和記念資料館 平和データベース 原爆の絵

http://a-bombdb.pcf.city.hiroshima.jp/pdbj/search/col_pict

 

「原爆の絵」を平和記念資料館で初めて見たのは何年前のことだったでしょうか。

画家の手によるものではない、素人の方の絵には巧拙があります。

そしてまた、通常の絵と異なり、

絵の中に、それが描かれたときの状況が(文章で)同じ作者によって生々しく手書きされています。

だからこそ、かえって原爆のもたらす凄惨な「実相」が表現されていると強く感じます。

 

悲惨極まりなし。絶句。

**********************************************

 

ドラマが終わった後のNHKニュースで,

「原爆の絵」のレプリカが,所沢市市役所で8日まで展示されていると紹介されていました。

 

 

こうの史代さん

 

関連記事

https://ameblo.jp/evening-walker/entry-12218841015.html

語り部であり「ワクチン」となる <似顔絵: こうの史代(こうの ふみよ)さん & のんさん>

 

 

 

 

例1.宝くじを買うと、なんだか当たる予感がする。

例2.いつか、東京ディズニーランドの記念すべき〇億人目のゲスト(入場者)になれる気がする。

例3.日本人がネイティブスピーカーと英語で談笑しているCMを観ると、自分もそのようになれる気がする。

 

「ポジティブ・イリュージョン」(positive illusions)を私なりに解釈すると、 

自己に対する過大評価、楽観的な思考回路、周囲に対する自分の影響力への過信となるのでしょうか。

このように書くと、現実認識の甘い妄想のように聞こえるかもしれませんが、

それは(ポジティブ・イリュージョン)は必ずしも悪いことではないそうです。

なぜなら、精神衛生にポジティブに寄与するから。

根拠が希薄な余裕ではあっても、さまざまなことに積極的にチャレンジできるわけです。

 

冒頭の英語学習に対する「ポジティブ・イリュージョン」も侮ってはいけません。

そして、それが「ネガティブ・イリュージョン」(negative illusions)に

変わってしまう前に、

英語の魅力を伝えるべし!

自分は英語が「出来る!」というイメージを植え付けるべし!

時間との勝負!?(笑)

 

マツダでは、デザイナーやモデラーなどのクリエイティブ人材の人事考課は、

一般社員向けのマネジメント系のそれとは異なるそうです。

「創造力」、「表現力」、「情熱」、「志」等が具体的な判断基準となっていて、

マネジメント系と同様に段階別処遇が用意されているとのこと。

従来は、優秀なモデラーほど独立したり、他社へ移ったりしたそうですが、

この制度の導入後は逆に、優れた人材が入社してくるそうです。

 

これを、学校現場に応用することは可能でしょうか? 

教科指導力の強化を標榜するのであれば、

マネジメント業務に力を削がれることなく、

教科指導に打ち込める環境づくりを約束するマツダ流の人事考課は非常に有効です。

ソニーの井深大氏には盛田昭夫氏、

ホンダの本田宗一郎氏には藤沢武夫氏が、常にその傍らにいました。

また、島津製作所の田中耕一氏は、

一介(?)のサラリーマンとしてノーベル化学賞を受賞後、

「フェロー」という執行役員待遇の役職に就きました。

 

クリエイティブ系とマネジメント系は両輪です。

学校の現場においても、明確に、

それらの評価が別々に位置付けられる場面が存在すると考えます。

 

英語の学習方法を尋ねられるたびに、

次のように答えています。

(学習の到達度にもよりますが・・・)

 

ラジオやテレビを聞き流すこともいいですが、

また、新聞やウェブサイトを読むことも大切ですが、

とりあえず問題集を解いてみて!

 

藤井聡太七段の抜群の「読み」の速さと正確さは、

詰将棋を解くことによって培われたとも言われています。

 

英語の学習も「詰将棋」のように、

スピード感をもって正解に迫る!

それによって、リーディング、リスニングのトレーニング方法のクオリティーが

高まると考えますが、いかがでしょうか。

 

 

NHKニュースは、祝辞の以下の箇所を伝えていました。

まるで、剣豪のようでもあります。

/////////////////////////////////////////////

大学で出来ること

頭と体を使って 自分が好奇心を持って

向かおうとしている目標について

他者に説明する言葉をみがくこと

ファクトを切り出して

論理と共感という際どいバランスを

その都度に繰り出すスキルを

身に付けることに尽きると思います

これが本来の教養であると私は考えます

/////////////////////////////////////////////

ロバート・キャンベル氏

 

『七人の侍』志村喬氏

 

 

 

 

クラスには、「落ちこぼれ」ならぬ、「浮きこぼれ」が存在します。

ターゲットとされる授業レベルよりも上位層の生徒は、ある意味、被害者となっています。

人一倍努力しているがゆえに、かえって、(今の言葉で言えば)「放置」されているのです。

授業を受ける生徒全員が、極力、同じレベルに到達することを目標とするあまりに起こる現象でしょうか。

教育には平等が必要です。さまざまな制約があるなか、理想も語られなくてはなりません。

しかし、「浮きこぼれ」となっている生徒への現実的な配慮も求められています。

 

小国綾子さん著、『アメリカの少年野球こんなに日本と違ってた 

~シャイな息子と泣き虫ママのびっくり異文化体験記』(径書房)に、

次のような話がありました。

 

//////////////////////////////////////////////////////////

練習の最後に全員でノックを受けたのだが、これがまた変わっていた。

日本ならば、コーチの打球をうまくさばいた子から「よし、もうあがっていいぞー」と言われ、

ベンチに下がる。打球を後ろにそらしたり、うまくさばけなかったりした子は、

できるまで何度もノックを受けなければならない。

だから、最後まで残るとみじめだ。1人でノックを受ける仲間を見守る側も居心地が悪い。

ところが、トラベルチームのノックはまるっきり逆だった。

打球をそらしたり、前に落としたり、捕球から送球までの動きが悪かったり、

送球がワンバウンドしたりすると、コーチから「ブーブー」と言い渡される。

1回目の「ブーブー」で野球帽のひさしを横向きにかぶる。

2回目の「プープー」で野球帽を後ろ向きにかぶる。

3回目の「ブーブー」で退場。

つまり、3度失敗したらノックはお終い。上手な子ほど長くノックを受け続けられるのだ。

だから、子どもたちは必死でこのゲームに勝とうとする。失敗するとものすごく悔しがる。

最後に上手な2人が残ると、ベンチに退いた子どもたちは大声援を送る。

勝てば「守備チャンピオン」。長く残った子は誇らしげだし、早々に退場させられた子にしても、

次々と「退場組」の仲間が増えるわけだから、それを苦にする様子はない。

(中略)

アメリカらしい、と思った。

日本では、下手な子ほどたくさん練習させられる。

皆で一緒に強くなっていくことに意味があるから。

アメリカでは、上手な子ほどたくさんノックを受けられる。

1人ぽっちでノックを受けるみじめさはないかわりに、

うかうかしているとチームメートに置いて行かれる。

わずか9歳のトラベルチームでも、そこはやはり能力主義なのだ。

//////////////////////////////////////////////////////////

 

このやり方、

上手い子だけでなく、下手な子も、モチベーションが喚起されるのでは、とも考えます。

「自分も、ああなりたい!」と思うことで。

ポジティブ!

 

 

スピーキング試験を導入することで、授業時間数に制約があるなか、基礎的な英語力を身につける時間が削られて、結局、リーディング・リスニング・ライティング等の他のスキルの習得が不十分になるのではないか。

そのような危惧が語られることがあります。

生徒の習熟度にもよりますが、セミリンガルの問題と同様に、どっちつかずの教育のなかで、他の技能の土台となるリーディング力も含めて、それぞれのレベルが低下してしまうことが考えられます。

「ゆとり教育」が、内発的動機づけによって、時間数の減少を補って余りある学習効果を生むと語られていたとき、それ(内発的動機づけ)を与えられる教員数が十分ではなかったという問題が表面化しました。

今回も、個人として、また、集団としての英語「教員力」の向上が厳しく問われる教育改革となる気がします。