英国の戦没者追悼記念日は11月11日、Remembrance Dayと呼ばれ、
毎年この日の午前11時から2分間黙とうが行われます。女王陛下も写真(真ん中)に見えます。
(1918年の11月11日は、第一次世界大戦の休戦協定が結ばれた日)
「激戦区だったヨーロッパのフランダース地方には、戦闘が終わった後、戦場を埋め尽くすように赤いポピーが咲いた」というカナダ人軍人のJohn McCraeの詩から、赤いポピーがシンボルとなっています。
※詳しくはRemembrance Day ハナママゴンの雑記帳さまをご覧ください。写真3枚引用させてもらいました。
さて、この英国民にとって戦死者を痛む大切な式典で、黙とうが始まった途端にムスリムはこういうことをしています。(2010年の動画です)
2分間の黙とう中、中東への介入に反対して、「我々ムスリムは決して黙らない。アラー・アクバル」から始まり、「イギリス兵は地獄へ行く」 「イギリス兵は焼かれる」 と叫び続け、最後にポピーのレプリカを燃やすという冒涜と嫌がらせを行いました。(お困りの国にも似てますね)
「十字軍に反対するムスリム」という団体の首謀者は、社会秩序を乱した罪で
翌年50ポンド(約7千円)の罰金刑となりました。(参照記事)
この件と次に紹介する最近の英国での事件を比べてみてください。(2つともMail onlineからです)
ポーランド国籍の2人が、モスクの参拝者とモスクにベーコンを投げて懲役8カ月の実刑判決を受け、ただいま収監中です。
この2人は相当酒に酔っており、このことは言い訳にならないと本人も言っていますが、モスクと人へベーコンを投げつけたでことで、傷害と人種宗教差別による社会秩序を損ねた犯罪で罰金ではなく刑務所行きとなりました。
ムスリムは「命の危険を感じた」「トラウマになる」と言っていますが、命の危険を感じるのはポーランド人の方のようです。
常習犯でもなく反省もしているようですが、弁護士によると、「刑務所内で深刻な事件がいくつか起きているようで、彼は何度も刑務所で暴行を受け、家族が彼の眼の傷と血のシミがついた衣服を見ています。」と述べています。
彼らが心配するのももっともで、こういうことがありました。
モスクのドアの外にベーコンサンドウィッチを置いて、ベーコンをドアの持ち手に縛り付け、イングランドの国旗に「NO モスク」と書いてフェンスに縛り付けた男4人が、レイシストアタックの罪で懲役4カ月から1年(2人は執行猶予付き)の判決を受けました。
彼らは今後10年間イングランドとウェールズのモスク330フィート以内に近づくことも禁じられました。
モスク前にベーコンサンドウィッチを置くという重大犯罪の現場写真がこちら
そしてなんと、このうちの1人、懲役1年の男性(35歳)が7月の判決から収監半年になる12月27日に刑務所内で死亡しているのが発見されたのです。
この記事から死因はわかりませんが、今後調査することになっています。
これらを見てどう感じるでしょうか?
イスラムに甘いと思いませんか?
また、イスラムを怒らすと刑務所で襲撃されるという公的な罰に私的な罰(リンチ)が加わる、なぜなら刑務官が止めないからということも想像されます。
刑務官がムスリムなのか、ムスリムの仕返しが怖いのかどちらかでしょうが、完全にイスラムの恐怖に屈したことがわかります。
中東への欧米諸国の介入は確かに非難されるべきです。
しかし、英国人が祖国の英霊に敬意を表し黙とうを捧げることは当たり前です。
移民は歴史を共有せず、敵対国民であることも多く、自分が優位に立つために侵略する国のなにもかもを壊し、原住民の絆を敵視し、自分の居場所を確保し自分好みの国に変える、この危険性を知るべきだと思います。
このポピーについてはサッカーでも話題になったので、ご存知の方もいると思います。
国民共有の歴史や習慣は、背景がわからない移民、又は敵国人の移民には面白くないもので、移民統合にサッカーを利用してもらっているFIFAとしてはなんとしても止めさせたいのだと思います。
移民に住みやすさを提供するために、原住民は慣れ親しんだ習慣を捨てること、また国民団結は悪である、国境や国籍に拘るのは間違いです、これがグローバリストの説く世界です。
この考えが、世界中の第三世界の住民を先進国へ向かわせる弾みとなり、先進国にはいなかったような野蛮人や石器時代人のような者を徘徊させる結果となっています。
この現象が目立ち始めたころから中国や韓国が日本を貶め非難することを国策として進めています。
中国や韓国が日本を非難するのは、だから本当の非難ではなくて、日本を乗っ取るための戦略上の手段です。謝るのはむしろ逆効果、こちらも相手の非を攻撃するしかないのです。
これが出来ないのは、すでに政界や財界が先に彼らに乗っ取られているからです。
そういう実例を他国で知っています。(そこでも大衆はその事実を知らされず、それを指摘する言論は弾圧されています。)
敵視するのに欧州に来たがるイスラム教徒と、敵視するのに日本に来たがる中国、韓国人とは似ています。
自国を自分たちで破壊した人たちが、きれいな国土を持つ国を狙っているのです。
その時に日本人が彼らを追い払えず、彼らを受けいれ、彼らが惨めさを感じずに堂々と日本で生きていくには、日本人を徹底的に貶め、従順にしておくこと、意識面でも法律面でもそれを現在進行形で行っているのです。
イスラム教徒は欧州でテロリストを利用しながら、恐怖で侵略を進めています。
先日ある外国人に、どうして日本は中国の文字を韓国みたいに廃止せず今でも使っているのかと聞かれて表意文字が便利だからと答えたのですが、よく考えてみると、自分たちの意思で中国の文字を使っていることに気づきました。
日本は昔から他国の文化を受け入れてきた、だから今もできるはずだという人がいます。
忘れてはいけないのは、どれを取り入れるかは日本人が決めてきたということです。
これは非常に重要なことで、他人から強制されず、便利なものを取り入れ、不要なものは排除してきたのが日本なのです。
・寝たばこで火事を起こした人を、一時的に居候させたとき、「俺から寝たばこを取るのは人権侵害だ」
・ゴミの重さで家がつぶれたゴミ屋敷の住民を居候させたときに、家中にゴミを散らかし、よそから毎日ゴミを持ち込んでいることをやめさせようとしたところ「人権侵害だ」
と言われるのはおかしいと誰もが理解できるでしょう。
自分の国を壊した人間、自国で経済的に立ち行かない人間、そういう人が他国へ身を寄せ、自分たちのやり方を押し通せば、同じ失敗をすることは目に見えています。
移民の文化、言語、風習、社会・政治体制を私たち日本人が保存してやる必要はありません。むしろ捨てさせるべきで、捨てずに日本人と同じことが出来ないなら、日本が壊れるので敵と見做して追い出さなければいけないのです。
日本人が自ら良いとして選び、日本流にアレンジして使うことがあるかもしれない、外国から持ち込まれるものはこうあるべきなのです。