「国家戦略特区の正体」 郭 洋春 著
この本を紹介したいと思います。(読んだことを忘れないように自分のための備忘録でもあります)
ネット上でも紹介されていました。 日刊ゲンダイ Jcastニュース
内容を以下に書いていきたいと思います。
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<国家戦略特区とは?>
国家戦略特区は、特別経済区(Special Economic Zone=SEZ)の範疇に入る。
では、そのSEZとは何か?SEZは開発途上国が工業化に向けた開発を行う際に重要な手段の一つとして活用している。
SEZはILOと世銀で次のように定義されている。
・「外国投資を誘致するために特別な優遇策を付与された産業地区。地区に輸入された財は再輸出のために程度の差はあるが加工される。」(ILO国際労働機関)
・「囲いで仕切られた工業団地で輸出向け製造業に特化したもの。入居企業に対して自由貿易的条件とリベラルな規制環境を提供する。」(世界銀行)
世界には現在3500区域を超えるSEZがあるが、大半は途上国に設置されている。
アメリカにもあるが、そこは税関手続きの簡素化など自由貿易港としての性格に留まり、外国企業への優遇措置などは行っていない。
日本で最初にできたのは1972年に施行された沖縄振興開発特別措置法による「自由貿易地域」。
その後もいくつか出来たが、特定の区域の特定産業を優遇するというもの。
2003年以降の小泉構造改革による特区から、より広範囲に日本の社会・経済の構造そのものを根本から変革しようという戦略的目的を持つものに変わった。
小泉政権下での「構造改革特区」と菅政権下での「総合特区」が、ボトムアップ型だったのに対し、安倍政権下での「国家戦略特区」はトップダウン型であることが大きな違い。
著者は「異形の特区」と呼んでいる。
<岩盤規制とは?>
2014年に国家戦略特別区諮問会議で、特区の目的を「『岩盤規制』の改革及びそれに相当する抜本的な税制改革に総理主導で突破口を開き、経済成長を実現すること」としている。
(「米国政府は、特区で成功した改革の措置が迅速に全国規模で適用されることを期待している(2003年年次改革要望書でアメリカから要求されたこと)」と重なります。参照記事)
岩盤規制とは何か?
それは、医療・農業・教育・雇用など1980年代の中曽根政権から始まった日本の新自由主義路線にあっても緩和が先送りされてきた分野の規制を指す。
安倍政権は、それらに『岩盤』とレッテル張りをして、社会にとって攻撃すべきターゲットであるという意識を植え付けようとしている。
<SEZの目的は外資誘致>
今まで日本のSEZで成功例が無いように、歴史的に見てSEZは途上国に設置されてこそ効果を発揮する。
また、国家戦略特区の背景にある新自由主義は格差を拡大させる。
それなのに、国家戦略特区は先進国である日本の、その中でも東京圏、関西圏、福岡・北九州圏、愛知県などで構成されており、それらは日本のGDPの5割を超える。これでは日本の中でますます地域間格差が広がってしまう。
ではこの目的は何かというと、「世界で一番ビジネスがしやすい環境」を作り出し、外資を誘致するというのが狙い。外国人や外資にとって便利だからGDP5割を超えるもともと裕福な地域が特区に選ばれた。
しかし、日本に外資は必要なのか?
外資誘致について、筆者は人口減とも関連があると仄めかしている。
国家戦略特区はTPPとも密接に結びついており、経済ではマイナスになるTPPに安全保障上の理由で参加するのではないかと考えている。
とはいえ、米韓FTAが「経済活動に名を借りた米国による韓国の植民地化」といわれるように、日本がTPPに組み込まれれば同様のことが起こり得る。
2013年米国通商代表部のカトラー次席代表代行の記者会見でのことば。
「TPP交渉の非関税分野の論議は、ほとんど安倍首相の3本の矢である構造改革プログラム(=国家戦略特区のことです)に入っている。TPP交渉のうち、ひとつの焦点となっている非関税分野で米国が目指すゴールと方向性が完全に一致している。」
<既得権益とは?>
前出の『岩盤規制』、医療、農業、教育、雇用などの既得権益を無くすことについて、2014年、安倍総理のダボス会議での発言。
「~国家戦略特区が動き出します、向こう2年間は、そこでは、いかなる既得権益といえども私のドリルから無傷ではいられません。」
既得権益はどのようなものが含まれるのか?
ワーキンググループ有識者の一人はこう発言している。
「例えば大企業のホワイトカラーなどというのは、大金持ちではないけれども、雇用慣行という既得権によって守られている。」
つまり、普通に働く人々までが、「既得権益者」とみられ、打破すべき『岩盤規制』対象になっている。
特区で認められる混合診療から予想される将来の保険診療の適用縮小による国民皆保険の形骸化、
特区で認められる公設民営学校から始まる教育格差、
特区で認められる雇用規制緩和から始まる途上国並みの労働環境への逆戻り、
これらはごく一部であるが、様々な規制が取り払われようとしている。
この国家戦略特区については、一国二制度ともいえるし、また、憲法違反ではないかという意見もある。
憲法95条:「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することが出来ない。」
(特別法>一般法となっている。労働関係でいうと、国家戦略特別地域法>労働基準法となる。よって、住民投票もないまま、労働者に不利な特区があった場合でも、そちらが優先されてしまう。)
また、もう一つの『岩盤』である農業も、日本の農地面積が455万ha、アメリカが4億871万ha、フランスが2884万ha、イギリスが1718万haと格段に違うことから、日本の農業の規模拡大とは何なのか?医療、教育と同様、農業も企業倫理にすべてを委ねることは許されない分野といえる。
<諸外国ではどうか?>
韓国の特区では、例えば、障害者や高齢者の就業保護対象者に対する優先採用義務を撤廃、有給休暇や生理休暇規制を撤廃、外国人の所得税減税など外国人優遇の一方、自国民へは人権侵害という過激な規制緩和をしている。しかし成功していない。
そのうえ米韓FTAもあり、格差が広がる一方。
中国では、初期のSEZは、みんなが貧しかったため、「まず金持ちになれる者からなろう。金持ちになったら同胞を引っ張り上げよう!」こういって始まり成功した。
途上国が外資誘致して発展する本来の型だった。しかし、もやは「安い労働力」ではなくなったのでどこも成功していない。
賃金もそれほど安くなく、中途半端なレベルの昨今の規制緩和では、中国でもSEZが成功しない時代になっている。
カンボジアは成功している。それはアセアンでラオスに次ぐ下から2番目の経済弱小国だから。
カンボジアが外資にとって魅力があると思われた部分は以下の通り。(SEZ内の数字)
・外資系企業労働者の月額最低賃金はカンボジアが140㌦、隣国ベトナムでは160㌦、
・SEZ内労働者の個人所得税率は、カンボジアが0~20%、ベトナムが5~35%、
・法人税が、カンボジアで20%、ベトナムが25%(今ではベトナムもタイも20%に引き下げた)
・カンボジアの人口動態(2008年)は10~14歳が最大の比率を占め、労働力が豊富である。
ミャンマーは日本も参加してSEZを開発しているが、人件費がベトナムの半分であり、更なる外資の流入が見込まれる。
外資が賃金レベルの低い途上国へ流れるのは否めず、先進国の日本も、中国、ベトナム、カンボジア、ミャンマーへ外資として進出している。
日本の場合人件費は世界最高水準であり、その国に設置された国家戦略特区に企業がどのような魅力を感じるのか疑問。
(賃金を引き下げられないから、無茶苦茶な規制緩和や永住権付与などという売国行為に走るのだと私は思います。)
<国家を超える企業>
スーザン・ストレンジ著「国家の退場ーグローバル経済の新しい主役たち」から引用して、企業による海外投資の手法が直接投資から、ライセンシング協定、合併企業、フランチャイズ契約などを通じた新しい形態へシフトされてきていると指摘。
ストレンジ氏は多国籍企業を「超国家企業」と呼んでいて、「財は単に、同一の超国家企業内の異なる子会社の間を、会社経営陣の命令によって移動しているに過ぎない。」と述べている。
また、彼女は、新自由主義の恩恵を受けて巨大化した企業は、すでに国際政治に影響力を行使する存在となっており、その行動を分析するためには、従来の経済学では不十分で、国際政治学の視点を持つことが不可分だと考えた。
安倍政権は外資の直接投資を期待しているが、海外投資のトレンドが、直接投資から無形の新形態へシフトする中で考えると、「日本に外資は必要か?」という問いかけは、「日本に海外の経営ノウハウや技術、ブランドイメージが必要か?」ということにもなる。
グローバル経済の実態は、多くの場合、同一の多国籍企業内の財の移動でしかないが、企業の経済活動が価値を生み出すためには資本だけでなく労働力が不可欠。
新自由主義的政策によって、政治的役割を企業に移譲してしまった国家にとって、国境は最後の聖域である。(モノ・カネに比べてヒトが国境を超えるのは簡単ではない)
移民の受け入れは国家の姿を変えるので、移民受け入れは国家単位の議論が必要。
<国家戦略特区の正体>
国家戦略特区はグローバル企業の利益につながる。
国家戦略特区は税金を投入して行われている。
富は国境を越えて企業の都合で行き来し、富の再配分は行われない。
国にも、国民にもメリットがない。
負担は国民と国民が支える国家へ、利益は企業へ。
これが国家戦略特区の正体である。
TPPと国家戦略特区は密接に関係しているが、アメリカの圧力から始まった。(拙ブログ参照)
2003年の「日米規制改革及び競争政策イニシアティブ」に関する報告書に以下の項目がある。
「米国企業も含め、外国企業が(構造改革推進)本部に特区の提案を行い、自らがビジネスの機会があると判断した特区に積極的に参加することを広く勧奨する。」
これが国家戦略特区にも引き継がれている。
だから、2013年7月に4回行われた有識者からの集中ヒアリングで、134件中42件が、モルガン・スタンレーMUFG証券のロバート・フェルドマン氏から出されるようなことが起きる。
彼は、医療制度改革について、「(日本)国民の基本負担を6割、喫煙者は7割に引き上げること」や、日本の診療報酬をアメリカと統一した疾患分類によって決定することなどを提言している。
筆者は、「日本の経済は若作りし過ぎである」と考えている。
「成熟国である日本は、「世界で一番ビジネスがしやすい環境」を目指すのではなく、「国民一人一人の豊さ」を目指すべきではないか。
この2つは相反する。
国家戦略特区は高度成長期の大量生産モデルに固執する日本が、経済の成熟を目指す代わりに誤って選んだ若返りのためのドーピングのように思える。」
日本はいま、重大な岐路に立たされている。
国家戦略特区に象徴される利益のみを追求する新自由主義的社会に進むのか、調和を重んじた脱成長型社会に向かうのか。
国民的議論を置き去りにして進む国家戦略特区に日本社会を預けては、将来に禍根を残すことになるだろう。
残された時間は決して多くないのである。
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私は著者郭氏とすべての意見が一致するわけではありませんが、頷ける部分が多く、勉強になりました。
国家戦略特区の終着点、医療、教育、雇用の規制緩和社会を、私は海外の途上国で経験しています。
お金があるといわれる日本人だから暮らせたのです。
そこの庶民であったらと思うと、恐ろしいばかりです。
国民が人間らしく生きる権利として長年闘って勝ち取った私たちを守る規制まで、私利私欲にまみれた既得権益と同様に扱い、悪魔や岩盤というレッテル張りをして攻撃しています。
賃金で外資を呼べないため、日本人を守る規制をなくすことで穴埋めしようとしています。
民度が高く平和な国を作った私たち日本人の社会を明け渡すことで穴埋めしようとしています。
それでもなかなか外資が来ないことはわかっているはずです。
だから結果として、ただただ規制撤廃が行われるだけです。
それに合わせて移民まで入れていますから、日本は欧州のような主権のない国民を守るものがない社会に変わるでしょう。
国民を守る唯一の存在である国の力を弱め、超国家企業が世界支配をするお手伝いを、率先して行っているのが、我が国の首相なのです。