先週22日に入院して一息ついたと思ったら、
翌々日24日未明に亡くなりました。
前日(入院翌日)の午前に見舞いに行き、話せてました。
夕方には、叔父(弟)が来てくれて、見舞いのゼリーを「美味しい」と言って食べたそうです。
その後夕食を吐いてしまい、吐瀉物に血が混じっていたそうです。
夜間に容態が急変して、3時am頃に連絡が有って、向かいました。
叔父、兄も駆けつけてくれて、息子、娘は生で会う事は間に合わなかったけど、iPhoneの FaceTimeで声掛けしてくれました。
皆に看取られながら逝きました。
膵臓癌なのに、痛みも無く苦しまず静かに穏やかに行けたのでは無いでしょうか。
その後、怒号の忙しさ。
葬儀屋に連絡。
病院で死装束を着させて下さると言うので、母の指定していた着物を実家に取りに帰り、再び病院へ戻って立ち会いました。
綺麗にお化粧をしていただきました。
苦しまなかったので、ふっくらと優しいお顔で着物がよく似合ってました。
その後9時amに、お迎えが到着したので病院から葬儀場の安置室へ。
安置室に安置され落ち着いたので、一旦帰宅。
叔父、叔母が来る時間に合わせて再び葬儀場へ。
翌日の納棺の儀(10時am)は、兄夫婦が立ち会ってくれました。
通夜まで母は一人ぼっちになってしまいますが、皆が一旦帰宅。
通夜の準備。
通夜には、息子が駆け付けてくれて参列出来ました。
娘は、お嫁さんが羽田に迎えに行ってくれて、京都へ。
通夜には間に合わなかったけど、来れて良かったです。
(当然、東京での一泊はキャンセルです。キャンセル料100%支払う。)
告別式を、娘の帰国に合わせて行える様に日にちのリクエスト。
通常より1日長く安置する形となったのですが、1日で済んだのです。
娘の一時帰国は、数ヶ月も前から決まってた事なので、会えるのを楽しみにしてくれてましたが、まさかこんなに早く逝くとは本人も思って無かったと思います。
もちろん、話が出来る時に会えたら1番良かったのですが…。
翌日、告別式と初七日の法要を同時に行なって頂きました。
孫達(兄の娘、私の子供達)、ひ孫(兄の孫)と参加出来ました。
家族葬でしたが、良いお式が出来た様に思います。
翌日から、役所へ。
後期高齢者医療被保険者証、介護保険被保険者証、身体障害者手帳の返却。
国民年金機構へ受給者死亡届の連絡などなど。
兄が1週間休みを取って、実家で寝泊まりしてくれました。
本来の初七日を迎えたので、自宅にお骨を移して祀ってくれる事になりました。
念願の同居です。
今後、仏様は兄が管理してくれます。
実家は、空き家になりました。
お盆(初盆)を目処に全て処分する予定です。
暫くは郵便物も届くと思われるので、私が出来るだけ毎日行って、片付けながら管理しようと思います。
もう毎日母の事を考え実家へ行かなくても良いと思うと、正直ホッとしています。
90歳6ヶ月、大往生ですよね。