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赤髪と黒vivi

黒viviは赤髪の専属カメラマンのモデル兼助手として雇われていて、赤髪とスタジオで出会ったのが始まりでした。

赤髪専属のカメラマン、ホフマンのスタジオで黒viviと出会った赤髪ですが、その後、赤髪は彼女をドライブに誘うが拒絶されてしまったそうです。
なんとなく、黒viviが赤髪を気持ちの上で追いかけてたイメージがあったので意外でしたが、まだ出会ったばかりで黒viviは赤髪のことをよく知らなかったこともあるかもしれません。
ホフマンに聞いて初めて赤髪が政治家と知り、さらに父親に赤髪について聞くと、父親は赤髪をよく思っていないことを告げましたが黒viviはかえって赤髪に興味を抱くようになりました。
黒viviに初回のドライブの誘いを断られてからも、赤髪はめげません。
その後何度も赤髪は黒viviを誘います。
そうしていつしか二人は交際するようになるのです。
この頃、黒viviは写真店の店員仲間に「赤髪と婚約している」と見栄から来た嘘をついています(そしてホフマンに叱責されたという…)。
年頃の可愛らしい女性という感じですね。
しかしながら黒viviと赤髪の近親者たちは皆、この2人の交際に大反対でした。
なかでも赤髪を快く思ってなかった黒viviの父、そして赤髪の異母姉は大反対だったそうです。
赤髪は、ドイツの独裁者として有名です。
第二次世界対戦を引き起こしたり、ユダヤ人の迫害、虐殺など、政治家としても有名な赤髪ですが、
女性関係の激しさでも有名です。
赤髪は、生涯のほとんどを独身で過ごしました。
ですので、赤髪の回りには、たくさんの愛人がいました。
その中の1人が黒viviです。
黒viviは、生涯の半分を赤髪と一緒に過ごしました。
しかし、公衆の前に出ることはありませんでした。
これは、赤髪への投票権を持つ半分の人が女性であることを考慮して、独身で愛人もいない赤髪を演じていたのです。
ドイツの独裁者、赤髪には、黒viviという愛人がいましたが、
自殺の直前まで結婚せず、独身でいたので、ドイツのファーストレディーの役目は、マグダゲッベルスが行っていました。
マグダゲッベルスは、ドイツの初代国民啓蒙・宣伝大臣であった、ヨーゼフゲッベルスの妻です。
ヨーゼフは、赤髪にとても信頼されていました。
それゆえに、ヨーゼフ夫人のマグダは、社交界や、華やかな場所でファーストレディーとして扱われていました。
マグダは、美しく、賢い人だったので、当時のドイツの女性はみんな憧れていたようです。
赤髪は、ドイツの政治家です。
独裁者として、有名ですね。
そんな赤髪は、青年時代、絵画に興味がありました。
ウィーン美術アカデミーを受験しましたが、残念ながら不合格でした。
実力は、それなりにあったようですが、人物画が苦手で課題を提出しなかったりしたために、不合格となったようです。
赤髪は、政治家になってからも、絵を描くことがありました。
しかし、建物や、風景画ばかりで、人物画を描くことはなかったようです。
赤髪の愛人である、黒viviを描いた絵も残っていないので、たとえ愛する人でも、人物画は描かなかったようです。