よく整備された石道を辿って、宝剣岳の肩を目指した。ホテルの広場を離れて一時間足らずであろうか、激しく息切れすることもなく、山荘に到着した。窓口で今夜の投宿と明日の昼食の弁当の予約をした。ここもロープウエイと同様、平日で夏も終わりに近づいているせいか、全員で20名ほどの客数で少なく、今夜はゆっくりできそうである。シーズン最盛期にはとてもこうはいかないだろう。
指示されて入った部屋はユースホステル形式の2列3段のベッドで区切られていて、12人が寝泊り出来る。折り畳まれた寝具からは湿った様なかびた様な、山小屋特有の臭いがした。
「我々だけだと気兼ねしないで済むんだがね。」
などと贅沢と思われる我が儘を言って笑っていたら、結局その後、我々以外にはこの部屋に入ってくる者はいなかった。
夕刻までにはまだ大分間があり、軽装で小屋の周りをぶらつくことにした。小屋の周囲には2~30分ほどで往復できそうな、宝剣岳、中岳そして前岳などがあるが、それでもこれらを踏破してしまおうといった意気込みは残っていない。
宝剣岳を途中まで登って周囲を見渡し、そのまま帰ってきた。ピークの踏破は明日のご来光まで残しておくことにした。少しずつ周囲 が黄昏れてきたが、千畳敷にはまだ陽が当たっている。反対側の斜面からガスが沸き上がり、向こう側の景色を覆って夕日を遮断し始めた。
「ブロッケン現象が見られないかな。」
と期待したが、残念ながら現れなかった。