秋風そよびく十月の夜。
6限の授業を寝過ごしてしまった私はふとブログを書こうと思い立った。
自分がブログを書く理由は大体、ダイエット記録としてか、または思ふ人を忘れらぬときにしか書かぬようなものである。しかし今回思い立ったのは村上春樹さんの「やがて悲しき外国語」の冒頭で春樹氏が「このような心情記録を書いておくのもよかろう。当時の心理状態を理解するのに役立つ」と言っていたのをみて再度書き始めようと考え出したワケである。
思えば中学は週記を書き、高校はブログを欠かさなかった。
様々な高校生らしい葛藤などを書いていたなぁ。ブログは自分の心の拠り所であったことを深く覚えている。
日本語でブログを書くという行為が今でも自分の中で慣れずに、起承転結もなしにとりあえず書き綴っている次第である。
テーマ選定というワケではないが、最近で疑問に思ったことがひとつ。
「シンプル イズ ベスト」は果たして正しいのか。
apple社元CEOのスティーブ・ジョブス氏が近々お亡くなりになられた。彼の生前最も貢献高いものといえば皆さんご存知の通り「Iphone」である。
これは今までのケータイ業界の常識をひっくり返した。機能とコンパクト性に重点を置いて開発されていた当時の携帯と比較するとIphoneはデザイン性と直観的操作を専門化とした、言わば革命児である。
機能は多少低くても良い、デザイン性と操作自由な直観的UI。そしてブランド性。
これぞ現代人間が良く言葉にする「Simple is the best」がそのまま物体になったようなものである。今までの複雑な機能などはもはや必要としていない。必要なときに最低限の操作で必要なことをやる。そういう意味でも素晴らしい発明なのは間違いないだろう。
さて、今回の話題はこの「Simple」に関してである。先進国である日本は著しい経済発展を得て今に至る。中国人留学生の私から日本社会を評価すると、日本人には「効率化」の一単語が非常に似合うように感じる。
何事に置いても「効率化」である。待ち時間20分があってもそれはスケジュールの範囲内。しっかりと何をすべきか心得ている。
簡単にいうと「必要最低限の労力と時間で目的を達成する」が現代日本人の生き方だと私は考える。
これは正しく、Iphoneがその代表としてといえるであろう。
確かに「効率化」は現代社会の経済発展に置いて重要なものなのだろう。昭和のあの非効率的な生活は今やどこにも必要とされていない。
しかし、ちょっと考えてみてほしい。昭和のあの複雑な非効率的な生活は、今の社会の誰もが懐かしく、また愛おしく感じるものではないだろうか。
宮崎駿監督がある対談本で「昭和のあの複雑な社会にいたからこそ様々なことを感じることができた。それが今の私を作った」とべた褒めしたことがある。
果たして何故人々はあの非効率的な生活に惹かれるのであろうか。
それは非効率的から生まれる寄り道に、人々は惹かれるのであろうと筆者は考える。
どこかに営業、寄り道にどこかのスナックへ。そんな生活が昭和である。寄り道での新しい出会い。いつもと違う感情がため息交じりにはぁっと出たとき。その一瞬一瞬が我々を惹くのである。
効率化からはこのようなものを一切排除したような、そのような感覚を感じることも少なからず、ある。
多少非効率化でもよい。「Complex is also good」。それらを知ったうえでこれからの生活を続けていきたいと思う。
