余命宣告って患者にとって意味ありますか?
実際に余命宣告されたことのある方は、あまりいらっしゃらないと思いますので、考えたこともないのが普通だと思います。
自分は間違いなく考えないと思います。
多くの医師は、末期がん患者に対して余命を宣告するケースが多いように感じているのですが、実状はどうなのでしょうか。
医師個人の考えなのか、そういったガイドラインに基づいたものなのかは分かりません。
いずれにしても、患者が限られた人生を有意義に過ごしてもらう為に、余命を宣告するのではないかと思われます。
ですが実際には、そんなものいらないと思っています。
医師が勝手にそのような思いを、患者に押しつけているのではないでしょうか。
事実、残るものは絶望感しかありません。
僕は、肝癌がステージⅣbになったとたんに、主治医から余命半年と宣告されました。
当時は相当にショックを受けて、
(マジか、本当に死んでしまうのか。)
と生きる希望を見失ったのです。
体調は確かに良くはなかったのですが、ある程度普通に日常生活を送れていたので、あまり死について実感が湧かなかったのです。
ですが精神的苦痛は凄まじいものがあり、このことが大きな要因となって自律神経が壊れてしまい、そして、重度のめまいに悩まされることになりました。
このまま主治医の言う通り化学療法を受けていたら、そのまま寝込んで帰らぬ人となっていたのかもしれません。
僕の主治医はとても真面目なタイプの医師でしたので、肝癌のステージⅣbという病気の進行度の統計をみて、余命を宣告したのではないかと考えられます。
例えば同じ末期がんでも、僕のように普通に日常生活を送っている患者もいれば、寝たきりの状態になってしまった患者もいます。
病気の進行度だけで、統計的な余命宣告をされてしまったことに、とても違和感をもっているのです。
言葉が放つ精神的ダメージはとても大きいのです。
増してや、治療の全てを任せようと考える患者にとって、医師の放つ言葉は絶大なのです。
患者が求めるものは、可能性があるという希望の言葉であり、医師の誠意ある対応です。
死にたくない一心で、体質改善を試みていましたが、どうしても余命宣告の言葉が、死の恐怖が脳裏に浮かんでくるのです。
そして、必然と気持ちが落ちてしまいます。
何度も諦めようかと思っていました。
ですが、幾度となくまりさん(奥さん)が希望の言葉を投げかけてくれました。
落ち着いた面持ちで、僕に安心感を与えてくれたのです。
「私が死なせないから大丈夫。」
今思うと笑ってしまうようなこのセリフ。
何の根拠もないこの言葉に救われていました。
嬉しくて涙が溢れていたのです。
今、当時のことをまりさんに聞いてみると、
「普通にダメかと思ってた。笑」
(えっ やっぱり💦)
あっさりと言われました。
潜在的な生命力に息を吹き入れてくれました。
そして、力が漲りました。
言葉とは、絶大な力を発揮してくれるのです。
結論。
マイナスイメージの言葉はいらないと思います。
今度危なくなったら、主治医に前もって言っておこう。
「余命宣告いらないです。」

