がん細胞は人間の身体の一部であり、がんを発生させるのは自分自身です。


そのがんを発生させた自分の身体には、大きな異変が生じていると思われます。


そして身体に起こっている異変に対応すべくがんは発生するのかもしれません。







がん治療は病原菌やウィルスのような外部から来た敵と闘うのとは、ちょっとわけが違います。


この違いの本質を理解し、本当の意味でのがん治療に取り組むことが望ましいのだと思います。


近年西洋医学のがん治療が目覚ましい進歩を遂げているとはいえ、がん細胞をたたくことばかりに意識が集中してしまうと、根本にある大切なものを見落としてしまいます。


異変が起こったベースにはなにがあるのか。

それを突き止めることができれば、きっと病は克服できると信じています。



これまで繰り返しお伝えしていますが、結果には必ず理由があります。

理由のない結果などひとつもないのです。


僕ががんになった結果にも大きな理由があり、その理由を簡単に言うと身体に大きな異変が生じていたということです。


身体の異変を正常に戻してあげることができれば、がんを克服できる可能性が大きく広がるのだと思います。


反対に言うと身体が正常に戻らなければ、がんはいつまで経っても身体から無くならないということになります。


僕は肝がんのステージⅣbになった時点で、実は半分諦めていました。


ですがそこから身体の本質を学び、がんになったことで命が救われたことも学びました。







僕は不摂生の度が過ぎて、身体中からさまざまなサインが出ていました。


ここで身体中の異変に対応できれば良かったのですが、あいにくそのような危機管理能力を持ち合わせてはいませんでした。


せっかく身体が"危ないですよ"と教えてくれているのに僕は一切知らぬふりです。

そんな日常が長いこと続いていたのです。


"これ以上続いたら、本当に死にますよ"

と言わんばかりに僕の身体はがんを発動させました。


がん細胞はどんどん大きくなり、そして自ら破裂して僕に身体の異変を教えてくれたのです。


このようなことを世の常では"幸運"のひと言で片付けてしまいがちです。


僕ももれなくその考え、"幸運"だと思っていました。


ですが、本当は身体の異変と向き合わせるためのがんの破裂だったのだと思います。


ここできちんと自分の身体と向き合っていれば、がんの再発を未然に防ぐことができたのかもしれません。


なんにも理解していない僕は、身体がまだ正常に戻っていないことに気がついていませんでした。


当たり前のようにその後の自分を苦しめることになりました。


"まだ気がつかないのですか?"

"しょうがありませんね。"

"ゼロから身体の本質を勉強してください。"


僕の身体は、もう一度がん細胞を発動させることになりました。


それは人間の身体のしくみ・本来あるべき人間の姿を教わるためだったのだと思います。


ですが、大事なものを沢山失ってから気がつく自分には嫌気がさしてしまいます。


だけど今なら大丈夫。まだ間に合うのではないかと信じています。







10年前のクリスマスの日、肝がんの切除手術をしました。


今日で治療開始日からちょうど10年が経過したことになります。


クリスマスという特別な日でしたので覚えておくにはついてる日でした。


10年生き延びることは想像できなかった未来であり、個人的には奇跡だと思ってます。


今朝は感謝の意を込めて、教会のクリスマス礼拝へ足を向けてみました。


高校生の頃は毎日礼拝堂でお祈りをしていました。


高校と大学がプロテスタントの学校だっただけのことですが、良い習慣にはなったのだと思います。


教会の鮮やかな風景、ステンドグラス、パイプオルガンの音色、牧師さんの講話。

神聖な空気を堪能できました。


そして毎日うたっていた讃美歌が懐かしく感じられ、全てが浄化された晴れやかな気持ちになりました。



たまたま、本日の講話がカナンの『大きな喜び』というタイトル。

講話の中身が"物事の見方・捉え方"というものでした。

"目に見える真実は本当に正しいでしょうか。"ということ。


僕のがん治療に対する考えを後押ししてくれるタイムリーな講和でした。








父、み子、みたまの

おおみかみに

ときわにたえせず

みさかえあれ

みさかえあれ


頌栄541番


happy xmas🎄

2022年12月25日