鼻セレブ


こやつと初めて出会ったのは、去年の今頃の湯布院のコンビニであったか。



「鼻セレブぅ~っ?!」



そのネーミングのあまりの強烈さに、最初は地方限定品かと思い込み、ポケットティッシュ6個入りパックを買って何個かお土産にしたくらい。

しかし流石ネピア。
いまや確実に確固たる地位を築いている鼻セレブであります。

今日のコンビニのポケットティッシュコーナーでも、他のブランドが大量に売っている中、鼻セレブだけはタグのみのすっからかん状態。

デザインの可愛らしさと、商品名の分り易い高級感にやられるのだろうか。

実際、手に取ってみると、通常のネピアに較べてもスベスベ感は比べ物にならない。
巷は花粉症の時期、一度経験してしまった鼻セレブはやめられないでしょう。


とにかく素晴しいネーミングだ、どこぞの優秀コピーライターがつけたのだろうか、と思うにつけ、私が思うくらいだから、もはやとっくに……、と一応検索。

ザクザク出ました(涙)。
ネットによる一億総表現者時代の到来とはこのことか。

なんとサイバーエージェントの社長様までが鼻セレブに付いて語っておられた。

「藤田さんセレブですね」といわれて「いや僕なんか鼻セレブですよ」と面白いことをおっしゃるらしい。


ちぇ。

もうちょっと早く書けばよかったよと、まったく意味の無い対抗意識を燃やす私。


そして今朝、玄関で「ティッシュあるー?」と聞かれて、渋谷の交差点で貰ったNOVAうさぎの広告入りパックを渡そうとしたら、「鼻セレブじゃなきゃやだ。 いい、買うから」と拒否されました。


まったく。

鼻かむ時だけは、すっかりセレブ気取りか。



この鼻セレブ、セレブ対象の集いなどに登場する余地はあるでしょうか?



P.S. ついでに、もはや「超鼻セレブ」の時代到来らしい。ヤフオク検索してたまげました。

オルセー


夕方、父とオルセーへ……、行けるワケがないので、父と上野のオルセー美術館展へ行って参りました。



連日長蛇の列だそうですが、どこぞの協賛会社による休館日特別御招待なるものをいただいたらしい。

月曜の上野はさぞ寂しかろうと思いきや、びっくり。

もう花見をやっていました、花一輪咲いていない(ように見えた)桜並木の下で。
おきまりの提灯もダーッと並び、大賑わい。

摩訶不思議な光景でありました。

学生時代、この公園を突っ切って大学へ通わねばならず、どんなに爽やかな春の朝であろうと大変酒臭いヨッパライが鳩まみれになりながら居眠っている横を通り過ぎるのは、うら若き乙女にとってはトラウマ必死。

いまだに上野の花見は苦手です。


さて、オルセー展。

スーツ姿が並んで敬礼する横を通り過ぎて展示場に入れて頂きましたが、父が「なんかヤクザの親分になったみたいな気がしてヘンだね」と言うので笑ってしまった。

ヘッドフォンでガイドを聴きながら「へーへーほーほー」と観て回りましたが、帰り際、父が「絵はまあまあだったけど、ゴーギャンがタヒチで作った額は良かった」と言うので、またまた笑ってしまった。

帰りのタクシーの中で「で、オルセーってどこにあるの?」と言うので、「 パ、パ、パリでしょーっ!」と大笑いしてしまった。
(ちなみにガイドでは「この時代のパリでは、」という説明を、少なくとも100回は繰り返していた)

その後、「食事はどうするの?」と遠慮がちに聞いてくるので、一緒にご飯を食べに行きました。


思えば、父とサシで食事をするのは初めてかもしれない。

「なに話そっかなー」と迷って、はやりの「万俵家の血液型を巡るゴタゴタ」などを血液型についてのご意見をうかがいつつ話してみせましたが、「ふむふむ」と聞いた後に、「なんでかわかんないけど、血液型の違いっていうのはあると思う」と答えて下さった。

そこから、あいつはどーだ、こいつはこーだ、だからあいつはダメなんだ(この場合のトピックは大抵弟)、という話に花が咲き、そうして、しばーらくしてから、「あれ、誕生日だったんじゃないか?」とおっしゃる。

間の抜けたタイミングで「かんぱーい」とやった後、

「四十にして迷わずって言うけど、その時代の人はきっと早く死んじゃったから四十でお年寄りだったんだよねぇ」(バカ)

と言ったら、

「言ったのは孔子だけど、孔子は七十過ぎまで生きて『生き過ぎた』って言ったんじゃないか」と言われてしまった。

「げ、そうか。なんでそんなに達観しているんだろう」

「まあ、『十五にして学に志す』人だからねぇ」

「凄いねぇ。どういう頭をしてたんでしょ」

「マヤ民族の子孫だって説があるよ。先祖がベーリング海峡づたいに渡ったんだってさ」

「へーっ。やっぱり民族によって優劣があるわけ? そういやインド人は優秀よねぇ」

「インド人の優秀なのはアレキサンダー大王と原住民の混血だよ」

「そうなのー」

「アレキサンダー大王の家庭教師はアリストテレスなんだけどね、」

「ほー」

「アリストテレスが『老い』について語った一言があって、あれは唸ったな~。この歳になって凄く実感するんだけどね」

「なに~?」

「『老いとは、乾燥である』ってさ」

「ひーっ」

「アリストテレスは最初の生物学者でさー……」


ということで、

そういえば、このお方はトリビアオヤジだったことを思い出した。

思えば、聞けばなんでも答えてくれるので、学校の授業も「家で聞けばいいや」と思って全然聞いていなかったのが私の人生の転落の始まり……。

いまだに何を聞いてもあまり「わかんない」という答えは返って来ない気がします。

アリストテレスから自分の仕事の話になって、来年は自分のすごい発明で一儲けしてやるなどと言って笑っている。
聞きながら「へーへーほーほー」とやっていたら、「ハタ」と気付いたように止まって、「いやー、七十のじいさんにもなると、色んなこと憶えちゃって困っちゃうねー」

ひゃっひゃっひゃ、と笑う。


いや、いつまでも変わらぬその現役ぶりと謙虚ぶり、尊敬します。
娘は一生あなたを超えることはないでしょう。(それは誰の目にも明らかなのだが)



だけど、オルセー美術館がパリにあることを知らなかったのは、ちとマズかったな。
日本酒唎酒師呼称資格試験という、長い名前の試験を受けてきました。

90分に及ぶ筆記試験の後に、企画書作成1時間、テイスティング1時間の、休憩も入れて4時間にも渡るテスト。
しかも、書いて書いて書きまくる。

仕事だ誕生日だと、勉強を後回しにしたツケがついに昨晩炸裂。
久々に徹夜(に近いこと)をしてしまいました。

冗談ではなく、ほぼ一夜漬け状態。

15年回分の過去問題集を一度に解いたら目が回った。

「なんで私はこんなことに手を出してしまったんだろ?」と、途中何度もリタイアしそうになりながら、なんとか今朝を迎え、テストを終え、無罪放免となりましたが、そうなって初めて日本酒そのものに興味が沸いてくるので不思議。

たまには徹夜で試験勉強というのも、この歳になってみても、終わってみると案外ポジティブで楽しいものですね。

日本酒。

ちょこっと世界が広がりました。


テストに通ったら、趣向をこらした日本酒パーティでも企画してみよう。



ロオジェ


ということで、誕生日だったので、何ヶ月か振りに銀座のロオジェに行ってまいりました。

こちら、私にとって、何というか唯一の日本に居ながらにして妙な旅行気分感(?ヘンな日本語)を味わえるフレンチであります。

なんでかと言うと、たぶん私にとって、がっちりオーセンティックを感じられるフレンチが、日本では他に無いからだと思う。


泣く泣く引きずられて行ってテーブルマナーを教えられた場所。

食いしん坊根性が開花してからは、異様に楽しみになった場所。

景気の良い頃には借り切って法事なんかもやった場所(金持ちの親戚達が)。

そういえば、ケッコン前に初めて両親同士を引き合わせたりもした場所だった。

資生堂ビルが建て替えだと聞いた時にはもうダメだと思ったけれど、案外そんなことなくて、それ以上に華開いたロオジェ。

再び訪れた空間は昔と較べて「最悪だ」と思ったものの、今ではすっかり馴染んでしまった。


私が思う真のオーセンティックとは、常にラディカルな姿勢の上に成り立つものです。
それをロオジェの在り方に垣間見る気がする。

ラディカルであることを止めたら、真のオーセンティックには決してなり得ない。
イケてないオートクチュールのように、古ぼけるだけだと思う。
それは、オーセンティックとは呼べない。

ハッキリ言って今日食べたグルヌイユも、きっといつまでも語り継がれてしまうであろう宿命のシェフ「ジャック・ボリー」のやつの方が10倍は旨い。
だけど、そんなこたぁどうでもいい。(どうでもよくはないか)
たまにヒットする皿は本当にヒットだったりする。
「これから」の予感の香りがすれば良いのです。


銀座があって、客がいて、鍛え上げられたサービススタッフがいて、熱意を失わないシェフがいて、資生堂が倒産しなければ、きっとロオジェはいつまでもそこにある。


誕生日だからってワケではありませんが、私も守りの姿勢に入ることだけはしたくないと、そう決意したディナーなのでした。
バースデーフラワー


行きつけのブティックから、誕生祝いの花が届きました。


うららかな日。

つけっぱなしのJ-WAVEからは、「春ですね、春になりましたね」と繰り返し聞こえてくる。



それなりに恵まれて充実した年月を送ってきたし、頑張ったことも何度かあるし、外国にも住んだし、色んな仕事も経験して、色んな趣味も満喫して、そういう日々を重ねて、今に至る。

着たい服を着て、乗りたい車に乗って、住みたい所に住んで、飲みたいワインを飲んで、子供はいないけれど、夫も好きだし、友達にも恵まれている。

不満なんかは、ないのだ。



しかし、何でしょう?
1ヶ月前に最高潮に達した虚無感。

私には残すものが何も無い。
子供がいないとかそういう問題じゃなくて、自分のことを語る術が今は何も無い。

「だからどうしたいの?」と問われた時に、泣きそうになる。



今まで広く浅く手がけてきた色々なこと、今まで大した意識も無く学んできた色々なこと、全部全部かき集めて整理整頓して、何か創り出せないかと考えてみた。

頭の中でシュミレーションしたり、紙に書き出したりしてアイディアをまとめてみた。

イケそうだろうか。
道は険しそうだが……。

やること無いなら行くしか無いのでは。

と、いうことで、



私なりのステイタス構築に邁進することに決めてしまいましょう!

……非常に曖昧ながらも。


何も無ければいつまでも寝ていられる。
しかし、キモチが決まれば行動は異様に早い。

早速、ゴール達成に於いて手薄なところを埋めるべく、
テクニカルなノウハウが学べそうな起業塾への申し込みと、
母校に、大学生の頃には1ミリも興味が無かった教科への履修願書を出してみた。

起業塾のほうからは、瞬く間に事務局の方から丁寧な受諾メール。
質問を織り交ぜつつ何度かやりとりを交わすうちに、その真摯な対応に期待感が高まる。

一方、大学から拒否されたら一気に萎むな~と思いながら待つこと2週間。
ポストに、私が手書きで自分の住所宛名を記して切手を貼ったA4の封筒が入っていた。

ちょっと厚め。

宛名は「行」のまま。

こんなもの初めて貰った。
税務署からだって「様」に直されて返って来る。
相変わらずやる気の無い教務だな、と思い浮かべて苦笑。

99%の確信を持ちながら、ちょっぴりドキドキして封書を開く。

入学手続き通知、
年間予定、
平成19年度○○大学学事暦
学生記録票、
入学振込依頼書……、



賽は投げられたということで。

ちょっと「努力」してみましょう。




ブログ開始の、ご挨拶がわり日記でした。