先日、従弟から10年ぶりに電話があった。孫ができたとの連絡。跡継ぎができたと大喜びであった。このブログを立ち上げて10年以上経過した。その後の調査で新たな事績が分かってきたので、追記する。
関連ページ:「綿貫家の歴史」
◆島根県松江市登録歴史的建造物 第7号 綿貫家住宅(主屋・塀・蔵)
https://www.city.matsue.lg.jp/material/files/group/32/18265395.pdf
先祖は松江に暮らしていたので、何かしら関係があるものと推察するが、分家であろうか。
島根大学図書館には松江市歴史叢書3が収蔵されており、その5ページと6ページに、綿貫保之の名前が見える。
しまね地域資料リポジトリ
https://coc.lib.shimane-u.ac.jp › files › attach PDF
山口半六 松江市 大学南校 フランス留学. 文部省の建築技師. 植田松四郎. 綿貫保之. 大野直平. 仁多郡三成村 大蔵省の建築技師. 松江市東京帝国大学建築学科卒業. 津和野 ...
◆福岡県柳川市文化交流移住体験施設「旧綿貫家住宅」について
福岡県柳川市の綿貫家は、松江市の綿貫家と関係があるのだろうか。
参考:
◆埼玉県狭山市のホームページには、江戸時代の豪商、綿貫家の記述が多く見られる。
当家の先祖は松江藩の下級武士であったので、綿貫家といっても異なる系統と思われる。この豪商の墓所は福徳院にある。
◆さいたま市綿貫家 さいたま市にも分家がある。狭山市の綿貫家の系統であろうか。
しかし上記各系統の綿貫家は、源流を遡れば、群馬県綿貫町観音山古墳群に辿り着くのではないか。
◆群馬県高崎市綿貫町
下の家系図は、毛筆の崩し字を、綿貫鐵也が現代書体の翻訳したものである。