今宿はなぜ福岡市へ合併したのか | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

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2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 222

 

 

● 私らが住む街のちょっとした歴史

 

  私らが住むのは福岡市西区の横浜というエリアですが、

  すぐとなり(市の中心寄り)が「今宿(いまじゅく)」というエリアです。

  地図で確認していないけど、広さは横浜より今宿のほうが大きいと思う。

  たぶん中央区とか博多区の住民、あるいは糸島市の住民に、

  「横浜」と言ってもピンとこない人はいると思うけど、

  「今宿」と言えばほとんど人は分かるのではないでしょうか。

  そんな地名です。JRの駅があることが大きいでしょう。

 

で、その今宿と、もうひとつ今津(これも横浜の糸島寄りのとなり)の両村が、

福岡市から合併の話を、昭和16年に持ちかけられたそうです。

 

 

     今宿(JRの駅があるあたりと海岸線)と今津(白い部分)。

     見えている海は、博多湾の中の今津湾。島は、能古島。

     いずれも、福岡市の西区の西の外れ、糸島半島に近い。

 

それが、

ときどき紹介している友人から毎年贈られている「糸島ひめくり」の

3月7日、8日の話題になっていました。

 

当時は、下関から釜山へ、長崎から上海へ船が出入りしていたようですが、

博多湾を整備・再開発して、博多港から出入りするようにしたいという計画があり、

ついては博多湾内にある村、今宿と今津を合併して、整備しやすくしたい、

という強い意向があったのだそうです。

 

で、8日の話題にありますが、

今宿も今津も、合併を認めるための、いろいろな条件をつけたそうです。

農業のための肥料の確保だとか、共同墓地を改装してとか、

市会議員の選挙区をつくれなどなど、

今津は人口が少なかったので、認められなかった案件もあったようです。

 

それでも、両者にとってウィンウィンだったのでしょう。まとまったのです。

 

 

          糸島日めくり、7日と8日。

          記事のあとに(大内士郎さんの話)とある。

          この方、昭和18年(1943年)生まれの

          郷土史家のようです。

     

 

● 話は変わり…… というか、日めくりがらみですが。

 

 

 

       今日、3月10日の日めくり。

       白木蓮が咲く。

 

 

そして ……

 

 

 

          同じく3月10日に撮影した

          隣家の白木蓮。

          まだ、つぼみだけど、

          まもなく花開く。

 

毎年この時期に、

隣家の白木蓮のつぼみ写真、開花写真をあげていると思いますが、

まだまだ寒さが残るこの時期に、白木蓮が愛らしいつぼみをつけるのを見ると、

一気に春らしい気持ちになり、とてもうれしいですね。

 

それにしても毎年思うけれど、何にも世話はしてないのに、

本当に、けな気に咲いてくれます。