伊都国つうしん 105
● 突然、「悲しい」 という字が読めなくなりました。
例によって、夜、酒に酔いながら、ネットサーフィン(古い言葉か)していた時。
なんのきっかけか、昔のことを思い出しました。
大学を、卒業式を出ないまま京都から、アルバイト先の東京へ出てきていた時代。
おそらく私の人生で、最も辛いと感じ、最も暗い、だったろう時代のことを。
その時代、高校の親友(当時東京の大学生)の友人と知り合いました。
初めて会った人ですが、なぜか気があったのでしょう。
辛く暗い日々を送りながらも、何度か彼とは、親友とともに会っていました。
それが、ある日彼から言われたのです。
「お前とは、会いたくない」
「お前に会うと、お前の悲しみが俺に、伝染るからだ」
そのとき、私が感じたのは、ショックではなく、
(あぁ、そのとおりだな) ……… でした。
それだけ自分の 「最悪さかげん」 を自覚していたのでしょうね。
で、その数年後だったと思います。
デビュー間もない井上陽水のある歌を、聞いたとき、
あの時の彼の気持ちは、そうだったのだろうな、と思わせる一節がありました。
その陽水の歌にあった一節、「悲しい人とは会いたくもない」。
確かに、よく分かる。
自分に近い感受性の持ち主が、苦しんでいるとき。
それが自分の大切な人、親友だったら、なんとかしようという気があるだろうけど。
そこまでの関係性でなければ、「お前とは、会いたくない」という、その気持ち、
なぜならばそれは、自分に伝染るから、という気持ち、
その気持ちは、当時もいまも、私は、よくわかります。
なぜなら、私もそう思う、からです。
ま、ともかく。
その感受性うんぬんは、置いておいて。
で、今夜、それは陽水のなんという歌だったかな………と、
うろ覚えで 「寂しい人とは会いたくもない 井上陽水」 と検索しました。
「寂しい」 ではなく 「悲しい」 だったのですが。
ネット検索で表れた 「悲しい人とは………」 の 「悲しい」 という文字が、
(あれっ、これ何と読むんだ??!) だったのです。
つまり、そのとき「かなしい」 が、読めなかったわけです。
よく知っている漢字が、(本当にこの字だったのか?) と感じる現象は、
これまでもよくありましたし、
それは、誰にでもあり、心理学で 「ゲシュタルト崩壊」 と言われています。
たぶん、それなのでしょう。
で、この 「悲しい」 の 「悲」 という文字、
「心非ず」 という文字は、おそらく 「泪」 とか 「淋しい」 のように、
日本で生まれた読み方、中国との意味あいが異なる(これは私見です)文字なのか、と。
再び、ま、ともかく。
なぜそんな昔の、そんなことを思い出したのかは分からず(たぶん酔っているから)、
ですが、
なんかとても不思議な時間、というか一瞬があり、
ある意味、それをとても楽しめたのでした。(なんじゃそりゃ、ですが(笑))
“悲しい人とは会いたくもない” …… と言った彼とは、
いまでも、お互いがよくわかるよき友人として、つきあっています。

「悲しい人は会いたくもない」 は、
井上陽水の
「青空、ひとりきり」 の中の言葉。
最初のパラグラフにある。
(Uta-Net のサイトより)