「悲しい」 という文字 | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 105

 

● 突然、「悲しい」 という字が読めなくなりました。

   例によって、夜、酒に酔いながら、ネットサーフィン(古い言葉か)していた時。
   なんのきっかけか、昔のことを思い出しました。


大学を、卒業式を出ないまま京都から、アルバイト先の東京へ出てきていた時代。
おそらく私の人生で、最も辛いと感じ、最も暗い、だったろう時代のことを。


その時代、高校の親友(当時東京の大学生)の友人と知り合いました。
初めて会った人ですが、なぜか気があったのでしょう。
辛く暗い日々を送りながらも、何度か彼とは、親友とともに会っていました。


それが、ある日彼から言われたのです。


「お前とは、会いたくない」
「お前に会うと、お前の悲しみが俺に、伝染るからだ」



そのとき、私が感じたのは、ショックではなく、
(あぁ、そのとおりだな) ……… でした。
それだけ自分の 「最悪さかげん」 を自覚していたのでしょうね。



で、その数年後だったと思います。

デビュー間もない井上陽水のある歌を、聞いたとき、
あの時の彼の気持ちは、そうだったのだろうな、と思わせる一節がありました。

その陽水の歌にあった一節、「悲しい人とは会いたくもない」。


確かに、よく分かる。
自分に近い感受性の持ち主が、苦しんでいるとき。
それが自分の大切な人、親友だったら、なんとかしようという気があるだろうけど。

そこまでの関係性でなければ、「お前とは、会いたくない」という、その気持ち、
なぜならばそれは、自分に伝染るから、という気持ち、

その気持ちは、当時もいまも、私は、よくわかります。
なぜなら、私もそう思う、からです。



ま、ともかく。
その感受性うんぬんは、置いておいて。


で、今夜、それは陽水のなんという歌だったかな………と、
うろ覚えで 「寂しい人とは会いたくもない 井上陽水」 と検索しました。


「寂しい」 ではなく 「悲しい」 だったのですが。

ネット検索で表れた 「悲しい人とは………」 の 「悲しい」 という文字が、
(あれっ、これ何と読むんだ??!) だったのです。

つまり、そのとき「かなしい」 が、読めなかったわけです。


よく知っている漢字が、(本当にこの字だったのか?) と感じる現象は、
これまでもよくありましたし、
それは、誰にでもあり、心理学で 「ゲシュタルト崩壊」 と言われています。


たぶん、それなのでしょう。


で、この 「悲しい」 の 「悲」 という文字、

「心非ず」 という文字は、おそらく 「泪」 とか 「淋しい」 のように、
日本で生まれた読み方、中国との意味あいが異なる(これは私見です)文字なのか、と。



再び、ま、ともかく。

なぜそんな昔の、そんなことを思い出したのかは分からず(たぶん酔っているから)、
ですが、
なんかとても不思議な時間、というか一瞬があり、
ある意味、それをとても楽しめたのでした。(なんじゃそりゃ、ですが(笑))


“悲しい人とは会いたくもない” …… と言った彼とは、
いまでも、お互いがよくわかるよき友人として、つきあっています。



 

         「悲しい人は会いたくもない」 は、
          井上陽水の
         「青空、ひとりきり」 の中の言葉。
          最初のパラグラフにある。

 

          (Uta-Net のサイトより)