晩秋気配いっぱいの、わが家周辺 | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

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2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 73


● 朝晩の冷え込みも ぐっと強くなりました。

   最高気温で12~15度、最低気温は10度を切り 4~5度という日も。
   寒くなってきました。

   数日前のロコニュースでは、今年の12月はとても寒いようで、
   降雪の日があるかもしれないと言ってました。
   ただ福岡は、日本海側ですが、本州の日本海側のように冬は曇天 ………ではなく、
   晴れた日が多い冬なので、福岡市民2年生の私はホッとしたのでした。


 
そんなわが家周辺の晩秋の模様、つい先日散歩した熊野神社の様子を。

   わが家は福岡市西区、その西区でもかなり西はずれ、糸島に近い所にあります。
   歩いて5分ほどで博多湾の中の今津湾の海に出られ、
   同じように歩いて5分ほどの所に、「今山」 という小山があり、
   その山の頂上近くに、無人ですが、熊野神社があります。




 

          今山の熊野神社への途中、
          歩いて2分くらいの所にある公園
          ときどきゲートボールなどやってる。
          そのくらいの程よい広さがあり、
          その脇の街路樹が、
          かなりきれいに紅葉している。




 

          熊野神社の 一の鳥居をくぐって。
          山への参道が落葉でいっぱい。



 

              階段の途中で
              どんぐりの実が落ちている。
              小さいが、なんか久しぶりに見た。
              懐かしい感じ。



 

                  これは二の鳥居にある石の扁額。
                  熊野神社。



 

              その鳥居をくぐると、
              急な坂道の参道になる。
              ここは黄色が多い紅葉だ。
 


 

              急な参道を上ると、
              熊野神社の本殿がある。
              参道の両側の高い樹々からの
              木洩れ日が、気持ちいい。



 

                     本殿の鳥居をくぐると、
                     右手に苔むした石屋根のある
                     手水場。
                     ここに水が張られるのは、
                     正月三が日だけのようだ。




 

                本殿の脇から。
                こうやって見ると、
                本殿前のイチョウの木は立派だ。



 

              本殿の右脇に、
              こういうものがある。
              初めて気がついた。
              「日露記念」 と表書きされ、
              下に 「恭献」 とある。




 

               脇の文字を読むと、
               「明治三拾八」 まで読み取れるが、
               その下は 「年」 なのかどうか ……
               そして 「十一月吉日」 とある。

               調べてみたら、
               日露戦争は明治38年9月に終わっている。
               なので、
               その年の11月に献上されたのだろう。



それにしても、「恭献」 という字を初めて見ました。
たぶん 「きょうけん」 と読むのだろうと思いますが、広辞苑ほか辞典を見てもありません。

文字からして意味はわかる気がしますが、
それにしても 「恭献」 とネット検索しても納得できる記事に出会えず ………。
明治時代に多く使われたとか、神社寺院によくある言葉とか、
そういう記載も見つけられない。

なんだか不思議なものを見た思いです。


この熊野神社の本殿を過ぎて少し登ると、開けた展望のいい所にでます。
今津湾が一望できます。以前このブログにも載せました。
でもそこはまだ山頂ではなく、
そこからちょっと道は狭く見つけにくいようですが、さらに登って、
山頂に出られるようです。
その山道がどうも不気味な感じがして、私らはまだ山頂には行ってません。



 

        本殿から展望所までの坂道の途中に
        こういう石碑がたってます。
        「鳴神岩」



横にはこういう記載が。

  夷魔山熊野社後茂林の中に岩あり。
  八大龍王と崇む。高七尺餘横五尺餘也鳴神岩ともいふ。
  筑前国續風土記附録巻之より
  昭和十五年頃採石のため山頂より玄武岩をこの地に降ろす。


今山は、むかしは 「夷魔山」 と書いていたようです。

(やっぱり、この文字からして山頂はなんか不気味なのでは (笑))


どうやら 「鳴神岩」 は山頂付近にあるようで、ネットで見てみたら  ………




 

                  「八王龍王」 と 「鳴神岩」
                  (画像サイトより)



鳴神岩 ………、きっと気候の関係で、
岩を通り抜ける風が、鳴いていたんでしょうねぇ。 なんか神話です。