コッコ食堂&シュノーケリング | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

Okinawa通信 32



●美ら海(ちゅらうみ)水族館から始まって、とても充実した一日でした。


さて、前回の続きです。
美ら海水族館をでて、そこからちょっと北に行った「ふくぎの並木」を過ぎて、
備瀬(びせ)の海で、シュノーケリング。


「ふくぎ」は、沖縄でおなじみの常緑樹木で、木の葉もしっかり分厚い。
なので、ここ西に突き出た本部(もとぶ)半島の突端の集落では、
この「ふくぎ」を、強い西風から、家を守る防風林として使っているとのこと。
縦横の路地は、すべて 「ふくぎの並木」 になっている、沖縄らしい美しい路地です。



・話題はちょっとずれますが、沖縄方言では、

「西」のことを、「いり」
「東」のことを、「あがり」

といいます。 これ、単純です。
そう、太陽の動きのまま、ですねえ。
「西表」を、だから 「いりおもて」 と読むんですね。


ちなみに、
「北」のことを、「にし」 (ええっ?でしょ)
「南」のことを、「はぇ」
といいます。

それなら、「北谷」 を、
なぜ 「ちゃたん」 と読むの? は、いまのところまだ分からずです。


・話題を戻し、

海に出るまえに腹ごしらえ。


前回紹介したナミさんの会社同僚・Sちゃんに連れられて、
「コッコ食堂」 という名の、ま、なんとも、イナカァなお店に入りました。

ここは、知る人ぞ知る、のお店のようで、
オジさん一人でやっています。 鶏牧場をもっていて、
そこで元気に放し飼いしている「やんばる鶏」を、おしげもなく(だそう)使った、
コラーゲンたっぷりのスープが特徴とのこと。


メニューは、そばとごはんの2種類のみ。
とっても濃厚で、おいしくいただきました。


Okinawa通信-ココ1


             コッコ食堂の入り口。
             食べ物屋さん、という雰囲気はないよね。

 

Okinawa通信-ココ2


                 メニュー。
                 沖縄のお店としては、高い値段。
                 でもそれだけ自信をもっているんでしょう。

                 オジさん一人でやってるので、
                 私らより先に入っていた人は、食べ終わっても、
                 調理中のオジさんがまた出てくるまで、
                 10分以上も、じっと待っていた……。
                 急がない、急かさない。沖縄ならでは、いいな、と思う。



Okinawa通信-ココ3


             これが 「地鶏黄金そば」 と 「地鶏鶏飯」。
             そばは、濃厚スープで卵も鶏肉もとってもうまい。
             「鶏飯」 は、宮廷料理というより、鶏茶漬け風、
             だけとやはり鶏スープが、上品でコクがありうまい。



●シュノーケリングを楽しみ、今帰仁村(なきじんそん)へ。


おいしい昼食をいただいた後、備瀬のシュノーケリング・スポットへ。
実は、私、この時点で、まだ、皮膚科の先生から、海に入るOKを、もらってません……。


(でも、もう大丈夫でしょ、この程度だったら、むしろ、海水につかったほうが、いいでしょう)


と、勝手に、決め込んだのです。
しかし、ちょっとの不安はありましたが。
…… 結論的にいえば、全然問題なしでした。
事実、この日から3日後(水曜日)に、最終確認してもらい、OKもらいましたから。


さて、シュノーケリング。
実に久々だったのですが、Sちゃんが用意してくれたマスクも、ちょうどよく、
2時間ほど、たっぷりと楽しみました。
写真がないのが残念です。


なんと表現すればいいのか、ま、熱帯魚屋さんで見る美しい、さまざまな魚たちが、
人を恐がりもせず、目の前を可愛らしく泳いでおりました。
なんという名の魚なのか、
全身黒い、小さな魚が、下から私のほうを見つめておりまして


「なんだよ、お前…」 と言っておりました。


…… 心地よく(かなり)疲れた体で、シャワーを浴びたあと再び車へ。
ついでだと、いうことで、さらに北に走り、
今帰仁(なきじん)城跡へ行くことにしました。 
ここは、本島に残るほかの城跡とともに、世界遺産になっている。


・ここでも、ちょっと話題はズレて。


「今帰仁」を、どうして 「なきじん」 と読むのか、不思議でした。

「帰仁」は、「きじん」 と読めるけど、「今」が、どうして 「な」 なの?と……。

ネットで調べたら、わかりました。
沖縄言語研究センターというところのサイトです。


地元では、「なきじん」 がさらに訛って 「なちじん」 になっているらしい。
で、その読み方の理由は。


『……今帰仁は ……… 「琉球国之図」中に 「伊麻奇時利」 とある。
imaKiziri > mjaKiziN > naKiziN > naciziNと変化したのである。
(「伊麻奇時利」とは)…… 「今(いま)来(き)治(し)り」 で、
新来者の統治した所と解し ………』


だそうです。
なるほどねぇ。 

「いまきじり」 が 「なきじん」 まで、変化する。
沖縄弁を聞いていると、それも、なんとなく納得できるような気がします。


●さて、今帰仁城跡。


13~14世紀のものらしいですが、これまで見てきた、他の城跡同様に、
海からの侵入も監視できるように、そして攻められないように、
高台・崖っぷちにつくられています。 雄大です。
残っている石垣を見ても、中国の影響をすごく感じます。


その後、今帰仁村の向かえにある「古宇利(こうり)島」へ渡って、島を一周し……、などやっていたので、
夕方6時近くにもなってしまい、


私ら3人は、名護市の、以前、とてもうまいと思った
「新山食堂」 という沖縄そば屋さんへ寄って、
またまた! 沖縄そばを食べて、帰りましたとさ。

なんか、朝から、お腹いっぱいになった、一日でした。



Okinawa通信-今帰仁2


               今帰仁城跡の石垣。
               あちこちに長く残っていて、上から見ると、
               万里の長城にも似て、やはり日本より中国の影響色濃い。


Okinawa通信-今帰仁1


               ナミさん。
               つい最近、ネットでUV対策用をどっさり買い込んだ。
               傘は、99.9%遮光。 防UVパーカー(そでに太陽に当たると色がかわる刺繍あり)。
               首まわり、腕まわり、手も、しっかり。 脚にもたっぷりUVケア。


               最近は少なくなりましたが、いまでもときどき
               「なんで私は、沖縄にいるの?」 と言う。
               とはいえ、(通勤のためだけど) こちらで車の免許を取り、
               沖縄の会社に勤め、東京でもやっていたヨガも、
               こちらでアシュタンガ・ヨガのよい先生に出会って通い、
               マクロビオテックの料理教室にも通い、
               それぞれでよい友人と出会い、さらにスキューバダイビングも
               やるつもりらしい。
               たぶん私より、充実した沖縄生活を送っていると思うよ。