結婚するか否かは自分でもわからないものであれば、

他人がわかるわけもない。


私自身も結婚するかもしれないし、

結婚しないかもしれない。


別に取り立てて結婚する必要も今のところないと思うが、

一生独りもさみしいなぁなんて思ったりもする。



男女雇用が同等になったとはいえ、

実際に子供を産むのは女性だし、

結婚をして仕事をセーブするものだと思われるのは女性である。


もちろん、子供を産まない選択もあるわけで、

結婚のスタイルなんて人それぞれでしょ!と言われてしまうかもしれないが、

私の本音でこのブログは書こうと思う。


私自身は子供を産める体を持ち、

幸いなことに子供を産めないだろうと懸念する病気もない。

結婚するのはお互いに一緒にいたいからなのか、

結婚することによって許されることが増えるからなのか、

それは自分の中でも今でも疑問であり続けている。


私は、結婚するなら子供がほしい。

極論まで言うと、自分が健康な体であるのだし産むべきだとも感じる。

しかしながら私は結婚して子供を産み、

自分がしてきたことをいつか否定する時が来るのではないかと思うと、

とても怖いのだ。

謙遜するつもりもなく、私は同年代の男性より正直言ってお金をもらっている。

この金額をもらうまでにかなりの苦労をしたし、

もちろん総合職で入社して楽しい毎日だけではないがチーム一丸となってお仕事をこなす楽しさは知っている。

家庭に入ることが悪いことだとは思わないし、

自分に向いているかどうかが問題なのだと思う。

私は家事もこなす自信があるし、

育児も頑張る覚悟もある。

でも。

このキャリアを捨ててまでその環境がほしいだろうか。

それは全く分からないのだ。

常識的に考えて、総合職は働けば働くほど給料も上がり、

そして力が付けば付くほどやりがいを感じる場に出会う機会が増える。

若いうちはそういったことを目指して頑張るのが普通だ。

しかし女性が子供を産んで、

さらに総合職に復帰することを考えると、

年齢的に仕事が軌道に乗り始める時期とそれが重なるのだ。

いつか子供に「なぜ仕事を辞めたの?」と聞かれたら、

今の私には答える言葉がどうしても思いつかない。

何かつらいことがあったら、

「子供を産んで育てるために仕事を辞めたのよ」

と言ってしまいそうでとても怖い。

そして仕事をしている中で何かしらの達成感がなかったら、

余計にその言ってはいけない言葉を言ってしまいそうで、

本当に本当に自分が怖いのだ。

総合職の女性がみんな、私と同じ考えだとは思わないが、

結構多いのではないだろうか。

こういった問題は自分自身でしか解決できないものだと思い知らされたのは、

結婚に踏み切った友人に意見を聞いても答えが得られないことを知ったからだ。

ケースバイケースとだけでは表現できないもどかしさが、

頭から離れない。


アルコール依存症とは、
薬物依存症の一つである。

したがって覚醒剤にはまってしまった人が、
快感が忘れられなくてまた罪を犯すのを防ぐように、
アルコール依存症の場合もお酒を口にさせないようにする必要がある。


アルコール依存症とは何か。
薬物の怖さは、
その薬物を摂取することによって
本人は一時的に快感を得られても、
周囲の人間に危害が及ぶところだろう。


私の母も、そんな感じだった。


無気力になるだけならまだ良い。
夜中に叩き起こされて、
なんてことはない愚痴を聞かされたり、
それもきちんと聞かないと死にたいと言い出す。

私たち家族もこの病気を詳しく知らなかったから、
じゃあ死ねばいいのにと不謹慎ながらに思ったことも多かった。


でもやっぱり家族だから、
どうせ死なないとは分かっていても、
死ぬと言われたら全力で阻止しなければならなかった。

それが続けば続くほど神経が磨り減り、
自分の人格までもが崩壊していく錯覚に囚われた。


アルコール依存症とは、
かいつまんで話すとこんな感じである。

飲まなきゃダメだし、
飲んでもダメ。

そう思わせてしまうのがこの病気の本当の怖さであると、
今だから冷静に言える。




さて。
アルコール依存症の人が立ち直るためには、
底尽きと言うものが必要になる。

底尽きというのは文字通り、
「人生の底を体で思い知らせること」
である。

例えば配偶者との離婚だったり、
親が子供を見捨てたり、
親友や周りの協力者が一度は見放すことを指す。

そういう最悪な状況にならないと、
アルコール依存症の怖さを分からないのが、
この病気特有の症状である。

そしてそういった底尽きも、
アルコールのせいで生み出してしまったことを体で感じなければ、
病気がそうさせていることにも気づかず、
自暴自棄になってしまう。



私の母の場合は、
専門の病院に入れて、
家族が一緒に生活出来ないことを分かってもらうのが、
底尽きの一つだった。


薬物依存を治療する病院は、
普通の内科の病院とは違い、
鉄格子のようなもので囲われた病室がほとんどだ。


私の母はアルコール依存症だったが、
当然そのような病棟に入れられた。


私も父も、
とても心が痛んだ。


本当ならそんなところに入れたくなかったし、
そうせずに済むような環境を10年間探し続けたから、
まだ打つ手があるような気がしていた。


でも、心を鬼にするとは、
こういうことだろう。

本人のプライドも一度は消さなければダメだし、
私達が家族としてやり直したい気持ちも本人に分かってもらう必要があった。


ただし本人には内緒でドクターと話し合って、
入院期間は規定の日数よりも短くし、
底尽きをさせることが目的だとした。


母にしたら思いの外短くて、
退院のときは涙をうっすら浮かべていた。



このとき私達家族はまだ知らなかったのだが、
底尽きがアルコール依存症克服のスタートであって、
ゴールではないことを後々思い知ることになるのだった。
母が目的を見失ったと同時に、
全てに対してやる気を無くしたのは
誰が見てもわかる事だった。


気づいたら昼間からビールを飲み、
掃除や洗濯がされていない事が多くなり、
私が家事代行をする事が増えていった。

情けないとは思わなかったが、
勉強に費やすはずの時間を
他方面に向けなければならないことは、
幼い私にはとてつもなくスキルの必要な事だった。


母がアルコール依存症だと気付くのは時間がかからなかったし、
父は放置した。


子供だけが地獄を目の当たりにし、
大人はちがうことできをまぎらわそうとより一層溝が深くなる。


本当は他人の手を借りなければ改善しない事など分かっていたが、
助けてくれる大人はいなかった。

もちろん、ただ黙っていた訳ではない。

ダイレクトな言葉で助けて欲しいと言った事もあったし、
思い過ごしだとも言われたこともあった。


結果的に10年ほど放置してしまった彼女の病気は、
放置した年数の倍以上の労力が必要となったのだけど、
それでも今現在は快方に向かっているから良かったとも思う。


アルコール依存症は一生治らない病気だし、
改善はあっても完治はない。

同じ依存症でも、
タバコとアルコールでは訳が違う。

タバコは他人の受動喫煙に気をつけたり、
吸っても良い場所でマナーを守って吸えば良いし、
タバコを吸ったからと言って暴れたと言う人は、
聞いたことがない。


取り返しのつかない失敗をしがちなのは、
やっぱりアルコールなのである。


アルコールも、楽しく飲めばいい。
ただアルコールがなくてはならない安定剤だと自分の中で理解してしまったら、
とても恐ろしいことだ。


いじめの話しと同じで、
アルコールに走ってしまう原因はみんなで見つめ直さなければならないが、
その原因を言い訳にしてはいけない。

アルコールを飲んで迷惑をかけて良いという、
理由にならないからだ。


アルコールのせいで、
家族がバラバラになりつつあった経験から考えると、
時にはとても憎らしく思えてしまい、
私にはそれがとても悲しいのだ。

母の立ち直りまで時間がかかったが、
次回はその経緯を説明しようと思う。