女性が総合職で働くことは、

今や取り立てて珍しいことではない。


やっと男女平等になったのね♪なんて言う気もないし、

一般職と総合職の差別発言をしたいわけではない。


私はフェミニズム信仰者でもなければ、

男尊女卑でもないのでそこをご理解いただきたい。



私自身が何故総合職で働くのかと問われた時には、

いつも決まってこう答えている。


「性格上総合職に適していると思うから」


もしかしたら人から見たら私は向いてないと判断されるかもしれない。

逆にそうだろうと言われるかもしれない。

この論点に関して重要なのは、

他人の評価よりも自分の感じ方ではなかろうか。



ただ、男性と女性は生物学上(詳しく知りもしないくせに書きますが)、

どうしても越えられない一線があると思う。

私が「男性のようなあんな強靭な肉体が欲しい」と思ってトレーニングしても、

ある一定以上は超えられない。


たとえ話が平たい表現で申し訳ないが、

総合職で働く私も色々痛感することがないわけではない。


逆に言うと、何故女性の総合職が今まで少なかったのかも理解できた気がする。



私も家庭やプライベートを顧みなくなったわけでもないし、

男性に打ち勝とうなんて思っているわけでもない。

確かにプライベートをつぶして働いていることは事実だが、

それで友達が減ったとも思わない。



きっと「自分の存在価値が見出せないと、不安になる」タイプが

昔に比べて増えたからではないかと、

私は睨んでいる。



家庭、学校、習い事が自分の存在場所だとしたら、

もう一つ増やしてもいいのではないか。

実は私もこんなポリシーを持っている。

そしてそれを確認するためのツールとして、

総合職というものが自分に合っているから、

これを選んだだけの話だ。


人それぞれ合う道が違って当たり前。


だから「どの職がえらい」とか、「どの立場が上」なんていうのは世の中存在しないと思うし(尊敬の念は別だが)、

自分が総合職で働いていて「自分ってすごく頑張ってる」なんて毛頭思わない。



こんなことを私は考えながらすごしているのだが、

合コンで「総合職」だというととたんに男性が敬語になるのだけは、

どうにも解せないのである。

私はとある会社の社員だ。

でも、ただの社員だ。

残念ながら自分には足りないものがたくさんあり、
専門的な分野はだれかに頼らざるを得ない。
それでも近づくために努力をしてはいるが、
超えられないスキルが多々あるのも事実だ。


では社員と、契約社員や派遣社員との違いはなんだろうか。
スキルだけの違いだろうか。

私は二つあると思う。
一つは入り口、もう一つは責任の重さ。

一つ目について考えてみよう。
比較的名の知れている会社の社員になるには、
就職活動は大変だ。

現に私自身も、
周りのみんなが恋人や友達と楽しく遊びに行く中、
涙が出るまで勉強をしなければならなかったし、

新聞を何社か読みたくても買うお金はないから、
朝一で図書館にいかなきゃならなかったし、
読みたい新刊があれば余分にバイトをしなければならなかったし、
そんな生活だったから「私も女の子なのに」と思うことも多かった。

ただし、仕方がないと言う気持ちが、
辛さより上回っていたので、
私の場合は突き進むしかなかった。

あ、話が逸れてしまったな。

言いたい事は、
「簡単に首を切られないために社員になった」
というのが本音だという事。

最悪どこからも総合職で内定がもらえなかったら、
食いぶちさえ稼げればよいと思っていたし、
能力が伴わなかったらエゴは言わずに仕事を探す事に決めていた。

だから、入り口が違うと思う。
それに伴う責任に関しても、
覚悟の上で入っているのもあるし、
負けられない何かも違うと思う。

正社員の弱みも沢山あるし、
自負する強みもある。

やりたくないこともやらなきゃならない時はたくさんある。
まぁこれは立場が違っても一緒だとは思うが。


さて。
二つ目について言及しよう。

責任とは結果論ではなく、
その前段階で実は問われていると思っている。

だれかの知識やスキルを借りるのなら、
責任を持って信頼できる誰かを選ばなくてはならない。

だから、責任が違うと思う。

笑って済むことなら、
笑って済ませばいい。

でもそうはいかないから
立場の違いを明確にしてるのかもしれない。

責任の重さは、
人を見る目を鍛えることにのみ、
変えられる気がする。

仕事ができなくても、
人を動かす才能がある人がいたら、
その人は仕事ができる人だと判断してもいいのかもしれない。

でも人の使い方を知っている人は、
基本的に仕事ができる人だから、
この法則はあまり成り立たないのが世の常である。
仕事を総体的に考えて、
満足しているか。

私は基本的に満足している。

思ったより給料が少なくても、
なんとか奨学金も返していけるし、
ありがたいことに雀の涙ほどでも毎月貯金もできている。

確かに学生時代より自由になるお金が増えたけど、
特に生活水準は変わっていないように思われるし、
だからといって別にとりたてて文句をつけるものもない。

仕事自体の満足度なんか、
私ほどの年齢なら低くて当たり前だと思う。
責任ある仕事はまだ数えるほどしかないし、
なにかをやり遂げた満足感なんて、
そうそう手に入るものではない。

もっと経験をして、
年をとって、
責任も重くなる頃、
果たして自分は満足することができるのか、
これは大いに疑問であるが今答えの出るものではないだろう。


人間、満足度として答えるとしたら、
満足度の要素の半分以上が環境によるものだと思う。
結果、満足度は低く思われることが多い。


でも。
環境ってうまく使えるものではないだろうか。

嫌な上司がいたら、はいはいと当たり障りなく対応することも時には必要だし、
ここぞと言う時には発言。

これって、当たり前だと思うのだけど、
若い人はできていない!なんて
世間的に言われたりして。

私、若い方だけど、
結構考えてる。

世の中にも私みたいな人はかなりいると思う。

年配の方からしたら理解できない行動があるかもしれないが、
意外と若い子ってシビアだよね。

だから先輩方の仕事もよくみてる。
よくみてるから、
やりたくないことも出てくるし、
批判も出る。

そこを表面化させるかどうかは人次第でも、
実はお互いに思っていることがあったり。


なかなか難しい。
人間の進化ってここだけは時が止まっているようにさえ、
感じる。

人間関係の重みは、
年齢関係とともに変化するものだろうか。