出来ない上司って、


どんな上司だろうか。





部下の能力を評価できない、


口先ばかり、


自分の能力のイメージばかりが先行しすぎて自分のレベルを人に強要する、


指導が下手、


働き方が尊敬できない、


…などだろうか。








私は総括して


「過去の栄光にすがっている上司はだめなやつ」


だと思う。





セクハラにしても、


残業代にしてもそうだけど、


今は時代が違うんだよと諭してあげたくなるほどだ。








そりゃあ「この業種に就いたのだから、ある程度は覚悟しろ」というのはある。


でも例えばセクハラされたって、


表面上では笑顔を作って対処するが、


心地よいと思っている人はいない。


別に女性に限った話でもないだろう。


男性だって、セクハラに遭ってしまっている人もいるだろうし、


すさまじいパワハラもあるかもしれない。





私は「バブル時代はさ~」などと話す上司、


一番嫌だ。


バブル時代の話はどうでもいいから、


この不況で何か出来ること探そうよ。





むしろ「この人一本ねじが抜けてるんじゃないか」と思えるぐらい、


夢を語ってくれたほうが気持ちがいい。


仕事も趣味も。








プライベートの話でも、


「結婚なんかするもんじゃない」


と聞くと、


「あ、この人ダメだな」


と感じてしまう私はおかしいのだろうか。








日本は遠慮や謙遜の概念があるし、


むしろこれは一般的に見たら大人の対応だとも感じる。


でもせっかく腹を割って話そうと思った上司がそんな話ばかりするのなら、


お酒もまずくなる。





楽しい話ばかりするなんて不可能かもしれないけど、


基本的にゆとり教育世代は、


愚痴は同年代にこぼしていると思う。


(仕事の能力が上がらなかったり、


面倒なことを初めから断っているのは、


もしかしたら自分の能力が低いことを知ってからかもしれないが。苦笑)





後輩ともそのような関係でいたいから、


先輩風を吹かさないゆとり出身が多いのかもしれない。





その背景には責任を取りたくないからという気持ちもあるだろう。








とある上司に


「君たちはまだ将来が長いからいいねぇ」


と言われたことがある。





でも私はそうは思わない。


本当に最悪な事態になったら会社が傾くのなんてあっという間だろうし、


世間的にいつ不況が終わるかも分からないから。





そして私たちの明るい未来は、


管理職のその方たちの年代にある意味かかっているわけで。





そして今現在、その上司が


「会社に入ってからの月日がすごく早く過ぎた」


と思うの理由が、


「充実していた結果、早かったと感じた」


からなのか、


「何もやりきったことはないが、無駄に年を重ねてしまった。勿体なかった。」


からなのか、


非常に気になる。





後者だとしたら、


そうはなるまいと改めて誓うし、





世の中総じて


「忙しいときや充実しているときは時間が経つのが早い」


というのなら、


私は前者でありたい。




ゆとり教育の世代とは仕事がやりにくい、

これだからいまどきの子は…と世間的な評価があるとしたら、

私はそれはそれで歓迎だ。


実は私もゆとり教育が始まった世代としてカウントされるのだが(本格的に施行されたのは義務教育終了後)、

自分の周りが本当にゆとり環境丸出しだったら、

自分さえ頑張れば良いだけの話だからである。

ライバルが減っていいじゃないか。


確かに同年代でも生ぬるいやつはいる。

しかもごまんと。

でもそれは学生時代から見ていれば分かることだし、

会社に入ったからそれが顕著に現れたとも思わない。

自分にストイックになった経験がないからであろう。

体育会出身は好条件だといわれている点も、

いまや見直すべき対象でもあると感じている。

そんなの関係ないよ、というのが私の本音である。


私もまだペーペーの分際なので、

上司から見れば足りない部分がほとんどだと思う。


でも。

ガッツはある。


就活時期に「内定が取れない」とぼやいている同級生を、

「ぼやいている暇があったら、英単語一つでも覚えろよ」と、

冷ややかに横目に見ていたもんだ。

私の就活時期は決して氷河期ではなかったから。


内定を頂く子は、正直言って1社のみからではなく、

文字通り「総なめ」というのが正しい状態だった。


ありがたいことに私もいくつか内定を頂くことができ、

「意地を張って大学入学と同時に上京した覚悟が報われた」と

心の底から嬉しかったのを覚えている。


会社に入って何を実現させたいか。

漠然とでも、自分の未来像を妄想を交えずに想像できるか。


就活でも考えなくてはならないのは

この2点が大きいのではないか。


そしてその像が会社のイメージと一致したら、

めでたく内定・採用となるのであろう。


もし会社のイメージと自分のワーキングモデルなどが違ったら、

それは本当に「縁がなかった」ということになる。



そして私が強く感じていたのは

「小銭でもいいから稼がなければ、自分はお飯食い上げだ」

ということ。


私には当時これから大学生になる弟2人がいたし、

実家も決して裕福ではない。むしろ貧乏。

本当は大学院に行きたかったけど、

学部で借りていた奨学金をいち早く返したかった。


そして自分のお金と言えるもので何か記念になるものを買い、

自分を褒めたい、大学に行かせてくれた両親に感謝したい、

常にそう思いながら就活をしていた。



内定が取れない子って、

こういうことを考えているのかな?



実際私も内定を頂くまでの長い就活期間は、

不安で仕方がなかった。


そしてその不安を減らすために、

毎日新聞6紙を読み、

毎日英語の勉強をし、

毎日涙が出るまで机に向かった。


今思えば受験時代さながらだった。

やるしかない!とは頭で分かっていながら、

コネで内定を取ってくる人を恨めしくも思った。

でもコネクションは、ある意味その人の能力なのだし、

そんなとこでいじけても仕方がないことも、

十分分かっていた。


辛かったなぁ、あの頃。

でも辛かった分、

今私は毎日充実しているし、毎日生きがいを感じている。


これを味わうためにあの頃の辛さがあったのだとしたら、

かまわない。



だって働くことって、

就活期間の何十倍も長いのだから。

忙しいと世間で認知されている会社に勤めている身としては、

それほど忙しいとか、自分の時間がないと思うことはない。


もちろん、仕事の能力がずば抜けて高いわけでも

スーパーマンでもないので、多少の苦しさはある。

でもそれはきっと、ある意味この仕事に満足している部分があるからだと思う。


働き蜂の8割が実は働いていないという話は有名だが、

人間社会でもそうかもしれない。

とはいうものの会社というのはチームなのだから、

仕事のみで判断できない付加価値があるのだし、

必ずしもこの2:8の体制を否定しているわけではない。


ただ、2割の立場の人たちを手厚く歓迎するのが、

会社の方針であって欲しいと常に願っている。


8割の人たちも時と場合にっては必要になることがあるだろうし、

2割の人の痛烈なポリシーが毒となることもあるかもしれない。

社外スタッフや契約社員で誰かを雇うというのは、

自分たちにはないスキルが心の底から欲しいからであり、

補えないものは頼ったほうが早い、という概念もあるだろう。



以上のことは常識の範囲で私も踏まえている。

会社という一つのコミュニティで働く者なら、

きっと一度は考えたことのあることだとも思う。

これから下に書くことは、

ただ批判をしたいだけではないことをご理解のうえ、

読んでいただきたい。




1:あなたと同じ給料で、あなたと同じ能力が買われて、同じ時期にある会社に入った人がいるとする。

2:あなたは就業時刻も守り、ある程度の客観的な判断材料にもなる売り上げや効果を出し、勤怠状況も良いと評価されたとする。

3:あなたと同じ時期に入った者は勤怠状況も悪く、それを上も周りもみとめているものとする。

4:でも勤続年数が3年経ったとき、給料は彼(もしくは彼女)の給与金額と同じままだったとする。

5:あなたが意を決して「なぜ同じ給料なのか」と聞いたところ、「彼(もしくは彼女)は過去の功績がある」と判断したと言われたとする。


以上5点を含む状況は、

意外と普段の生活の中でよく見るものではないだろうか。



実のところ私は社員のスキルでは間に合わないことを、

派遣社員や契約社員の方にお願いする立場にある。


ま、立場の違いはおいといて。

同じ契約社員の方々でも働きぶりが違う場合、

お金で還元するしか方法がないと思うと悔しい。

それもままなっていなかったら、もっと悔しい。


そして、契約社員でスキルを買われて雇われたのに

勤怠状況がまずい人に対しては、

心の底から嫌悪感を感じる。


仕事がなくて本当に困っている人のために、

やる気があるのに会社の都合で首にさせられちゃった人のために、

「やる気がないならあなたのポジション、誰かにあげてよ!」と

叫びたい。



そして、現在こんなことを気にしながら働き続ける環境がすごく面倒。

うちの会社は、果たして50年後に存続しているだろうか。