なんとなく ヨーロッパ -67ページ目

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。




〔 2021年の旅 35 〕 9月7日 (火)

前回書いたアニス風味の飴のようなもの、ケースがとってありました。
小さなもので、縦が8cmちょっと。






フラヴィニー・シュル・オズラン(Flavigny-sur-Ozerain)で撮った写真をもう少し。




































 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
 

 

 

 


9月上旬のセーヌ川です。
ポン・デザール(芸術橋)から下流に向けて撮影しました。
右側はルーヴル美術館、見えている橋はカルーゼル橋。
遠く左の方にはエッフェル塔の先端も見えています。

 


〔 2021年の旅 34 〕 9月7日 (火)

ディジョンを出たのが14時。
美しい村フラヴィニー・シュル・オズラン(Flavigny-sur-Ozerain)まで60kmくらい。
1時間かかりました。
けっこう観光客が来てました。






修道院だった建物がアニス風味のドラジェという飴のようなものを作る場所になっていました。
昔風の味で、どこかのサービスエリアで買ったことがあるけど、
ちょっと違うなというか、好みじゃないな、って感じでした。
ここで作っていたのか。

























売店には、ディジョンのムタールも売っていて、

カシス入りのピンクのムタールの小瓶が珍しい。
お土産に幾つか買って帰ろうとか思ったんだけど、『パリにもあるかな。』と気になったので、

パリにいる友人とかに電話したんだけど、知らないという返事でした。
普段そんなコト気にしないもんね。まぁ、スーパーには無いけど。
調べてくれた人がいて、デパートのグルメコーナーにあるということが分かりました。
値段が、ここで買うと小瓶で2ユーロ80、デパートだと3ユーロ70。
とりあえず、カシス入りを2つ、ピノ・ノワール入りを1つ買いました。
蜂蜜入りというのもありました。よく考えるよね。
日本でいったら、蜂蜜やカシスの入ったワサビとか、そんな感覚かな。
ちょっと違うか。

 

 

 


暑かったので、アイスクリームも一つ。
フランスのアイスクリームって美味しいんです。普段は食べないけど。

















 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
 

 

 

 


9月上旬のセーヌ川です。
ポン・デザール(芸術橋)の上で撮影しました。
シテ島、ポン・ヌフ。
 

 


奇跡講座 テキスト編 p.339 – p.340


心眼は光に依存している。あなたは闇の中では見ることができない。だが、闇の中の、眠りという私的な世界の中では、あなたは眼を閉じていても夢の中で見ることができる。そして、あなたが自分の見ているものを作り出したのは、ここにおいてである。ただ闇を手放しなさい。そうすれば、あなたが作り出したものはすべて見えなくなるだろう。なぜなら、それは心眼を否定することで見えるものだからである。



あなたの肉眼を通して心眼を探してはならない。なぜなら、あなたは闇の中でも見えるようにと、独自の見方を作り出したからであり、この点において、あなたは欺かれているからである。この闇を超えたところ、しかし依然としてあなたの内側に、キリストの心眼があり、キリストはすべてのものを光の中で見ている。あなたの「視覚」は恐れから生じるが、キリストの心眼は愛から生じる。そして、キリストは、実相世界をあなたに証しする証人として、あなたに代わって見る。彼は聖霊の顕現であり、常に実相世界を見ており、その証人たちを呼び出し、彼らをあなたのもとに引き寄せる。彼はあなたの内側に見るものを愛しており、それを延長させていこうとする。そして彼は、あなたの知覚を父に達するところまで延長させないうちは父のもとには戻らない。そしてそこで、知覚は存在しなくなる。キリストが彼自身と一緒にあなたを父のみもとに返したからである。
Do not seek vision through your eyes, for you made your way of seeing that you might see in the darkness, and in this you are deceived. Beyond this darkness, and yet still within you, is the vision of Christ, Who looks on all in light. Your “vision” comes from fear, as His from love. And He sees for you, as  your witness to the real world. He is the Holy Spirit’s manifestation, looking always on the real world, and calling forth its witnesses and drawing them to you. He loves what He sees within you, and He would extend it. And He will not return unto the Father until He has extended your perception even unto Him. And there perception is no more, for He has returned you to the Father with Him.



あなたには二つの感情しかなく、一方はあなたが作り出したものであり、もう一方はあなたに与えられたものである。それぞれがものの見方であり、それぞれの異なった視覚から異なった世界が浮かび上がる。あなたに与えられている心眼を通して見なさい。なぜなら、キリストの心眼を通して、キリストは彼自身を見るからである。そして自らの本性を見ることにより彼は自分の父を知っている。キリストは、あなたの最も暗き夢の向こうに、あなたの内なる無罪の神の子を見る。それはそうした夢によっても陰ることのない完璧な輝きを放つ神の子である。そしてキリストと共に見るとき、あなたはこれを見ることになる。キリストの心眼はキリストからあなたへの愛の贈り物であり、あなたのために父がキリストに授けたものだからである。
You have but two emotions, and one you made and one was given you. Each is a way of seeing, and different worlds arise from their different sights. See through the vision that is given you, for through Christ’s vision He beholds Himself. And seeing what He is, He knows His Father. Beyond your darkest dreams He sees God’s guiltless Son within you, shining in perfect radiance that is undimmed by your dreams. And this you will see as you look with Him, for His vision is His gift of love to you, given Him of the Father for you.



聖霊は光であり、その中でキリストが姿を現す。そして、キリストを見たいと思うすべての者たちは、キリストを見ることができる。彼らは光を求めたからである。また彼らはキリストだけを見ることはない。彼らがひとりで居るのではないように、キリストもひとりで居るのではないからである。彼らは神の子を見たので、彼の中で父のみもとへと昇った。そしてこのすべてを彼らは理解するだろう。なぜなら、彼らは内側に目を向け、闇を超えたところに、彼らの内なるキリストを見て、キリストとして認識したからである。キリストの心眼がもたらす正気の中で、彼らは自らに愛に満ちたまなざしを向け、聖霊が彼らを見るのと同じように自分自身を見た。そして彼らの中の真理を見る心眼と共に、世界の美しさがあますところなく現れて、彼らの上に輝いた。