なんとなく ヨーロッパ -146ページ目

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 

奇跡講座 テキスト編 p174 – p177
 
 
肉体をコミュニケーションのためだけに用いるという聖霊の決断は、癒しに直接関連するため、明確にしておく必要がある。癒されていない治癒者(ヒーラー)は、明らかに自分自身の召命を理解していない。
 
 
癒しはすべての者が養える唯一の能力であり、癒されるためには誰もが養わなければならないものである。癒しはこの世界における聖霊のコミュニケーションの形態であり、聖霊が受け入れる唯一のコミュニケーションの形態である。聖霊は他の形態は認識しない。なぜなら、聖霊は自我による心と肉体の混同を受け入れないからである。心はコミュニケーションは行えるが、傷つけることはできない。自我に仕えている肉体は、他の肉体を傷つけることはできるが、これはすでに肉体が心と混同されているのでない限り、起こり得ない。
Healing is the one ability everyone can develop and must develop if he is to be healed. Healing is the Holy Spirit’s form of communication in this world, and the only one He accepts. He recognizes no other, because He does not accept the ego’s confusion of mind and body. Minds can communicate, but they they cannot hurt. The body in the service of the ego can hurt other bodies, but this cannot occur unless the body has already been confused with the mind.
 
 
癒しは、ただ強くするのみである。魔術は常に弱めようとする。癒しは、治癒者(ヒーラー)の中に、他のすべての者が彼と共有していないものを知覚することはしない。魔術は常に、何か「特別な」ものを治癒者の中に見る。そしてその治癒者(ヒーラー)は、その「特別な」ものを、それをもたない誰かに贈り物として提供できると信じ込んでいる。彼は、その贈り物は神から自分に授けられていると信じるかもしれない。しかし、もし他の者たちに欠けている何かを自分がもっていると考えるなら、彼が神を理解していないことは明らかである。
Healing only strengthens. Magic always tries to weaken. Healing perceives nothing in the healer that everyone else does not share with him. Magic always sees something “special” in the healer, which he believes he can offer as a gift to someone who does not have it. He may believe that the gift comes from God to him, but it is quite evident that he does not understand God if he thinks he has something that others lack.
 
 
聖霊は偶然にうまく働くのではない。聖霊からの癒しは、常にうまく働く。治癒者(ヒーラー)が常に聖霊によって癒すのでなければ、成果は一様ではない。だが、癒しそのものは一貫している。一貫性だけが葛藤から自由であり、葛藤から自由なものだけが全一だからである。例外を受け入れて、自分は時には癒せて、ときには癒せないと認めるなら、その治癒者(ヒーラー)は明らかに一貫性のなさを受け入れている。したがって、彼は葛藤の中にあり、葛藤を教えている。神に属するものが、あらゆる時とあらゆる者たちのためにあるのではないということが、あり得るだろうか。愛はいかなる例外を設けることもできない。恐れがある場合にのみ、例外という考えに意味があるように見える。例外は恐れによって作り出されたので、恐れに満ちている。
 
 
恐れは喜ばせることはしない。癒しは喜ばせる。恐れは常に例外を設ける。癒しは決して例外を設けない。恐れは解離を生み出す。なぜなら、恐れは分離を引き起こすからである。癒しは常に調和を生み出す。なぜなら、それは統合から生じるものだからである。
 

あなたの意味が神の意味と調和しないということはあり得ない。なぜなら、あなたの意味のすべてにして唯一の意味が神の意味から生じており、神の意味と同質のものだからである。神が神ご自身と不調和であるはずはなく、あなたが神と不調和であるはずもない。

あなたは自分の自己を自分の創造主から分離させることはできない。創造主はご自身の実存をあなたと分かち合うことによって、あなたを創造した。
You cannot separate your Self from your Creator, Who created you by sharing His Being with you.
 

癒されていない治癒者(ヒーラー)は自分の兄弟から感謝されることを望むが、自分では兄弟に対して感謝しない。その理由は、自分は兄弟に何かを与えているのに、その代わりとして同程度に望ましいものを受け取っていないと、考えるからである。彼はほんのわずかしか学んでいないので、彼の教えることは限定されている。彼の癒しのレッスンは、彼自身の感謝の欠如により限定され、病気のレッスンになっている。
The unhealed healer wants gratitude from his brothers, but he is not grateful to them. That is because he thinks he is giving something to them, and is not receiving something equally desirable in return. His teaching is limited because he is learning so little. His healing lesson is limited by his own ingratitude, which is a lesson in sickness.
 
 
あなたは、二つの声を聞くことができるのと同じように、二つの見方で見ることができる。一方は、あなたに形象を見せる。それは、あなたが恐れるゆえに崇拝はしても、決して愛することのない偶像である。他方はあなたに真理だけを見せてくれる。あなたはそれを理解するので愛することになる。理解することは賞美することである。なぜなら、あなたは自分が理解するものであれば、それと同一化できるからであり、それをあなたの一部とすることによって、愛をもってそれを受け入れたことになるからである。

神ご自身が、このようにしてあなたを創造した。すなわち、理解と賞美と愛の中で、創造したのである。
That is how God Himself created you; in understanding, in appreciation and in love.

自我はこのことをまったく理解できない。なぜなら、自我は自分で作り出したものを理解せず、それを賞美することも、愛することもしないからである。自我は、取り上げるために取り入れる。自我は誰かから何かを奪うたびに、自分が増大したと文字通り信じている。

私はしばしば、あなたの被造物たちによる神の国の増大について語ったが、それらは、あなたが創造されたようにしか、創造されることはない。神の国そのものである全一な栄光と無上の喜びがあなたの中にあり、与えられるのを待っている。あなたはそれを与えたいとは思わないだろうか。
I have spoken often of the increase of the Kingdom by your creations, which can only be created as you were. The whore glory and perfect joy that is the Kingdom lies in you to give. Do you not want to give it?
 
 
 
〔 2018年 夏の旅 2 〕  8月3日(金)
 
リバプール空港のホテルです。
朝食はビュッフェで、いろいろありました。
温かい料理は、ベーコンとかソーセージとかスクランブルエッグとか・・・
紅茶も美味しかったような気がする。
人もわりと多かった。
(上の写真はホテルの廊下から撮った空港。下は部屋から撮ったもの。)
 
 
 
 
チェックアウトは11時でした。
下に降りて、レンタカーのデスクに行きました。
カウンターには色の濃いオバさんがいて、今日はチェスターに行くと言ったら、
なんだかんだ説明してくれるんだけど、よくワカラナイ。
どこかで電話しないといけないとか。『?』ですね。

GPSはあるかとか言うから、出すのが面倒だったので、
地図があると言って出したら、ようやくわかりました。
チェスターに行く途中に橋があって、有料だとか。
ブリッジという単語が全く聞き取れなかった。
ほんとにブリッジと言ったのかな。
2ポンドかかるんだけど、料金所がないので、
この番号に電話して、クレジットカードの番号を伝えるんだとか。
『ハァ?』ですよ。なんだそりゃ。
カメラで見てるから、それをやらないといけないんだとか。
やらなかったら、渡れないのか、後で罰金なのか、
訊かなかったけど、なんて面倒な。
他の道は、リバプールを抜けて、トンネルをくぐるとか。
ここには料金所があるとかないとか。結構遠回りだ。
どうせ遠回りするなら、有料の橋を通り越して、
ずっと先の町で川を渡ればいいんじゃないかって言ったら、
それでもいい、というので、そうすることにしました。
 
 
 
 
200ヤードって、ゴルフとかしないから、どのくらいの距離なのか、よくワカラナイ。
 
 
 
 
車は小型のコルサなんだけど、こっちではオペルブランドじゃないみたい。
マークも違うし。
右ハンドルは普段運転しないから、戸惑いますね。
左側を走らないといけないし。表示はマイルだし。
右の方が追い越し車線だよな、とか思ったりして。
 
町なかがかなり渋滞してた。
昼なのに、『なんで。』って感じ。
カーナビには39㎞って出ていたので、そんなに時間が掛からないと思っていたのに。
まあ、それは有料の橋を渡った場合だし。
チェスター郊外のホテルまで、38マイル、1時間半もかかった。
やれやれ。
(このホテルも予約しておいたから、問題なし。)
 
 
 
 
 
 
 
 
部屋に荷物を置いて、チェスターの町に行ってみました。
ネットでパーキングの位置も確認しておいたし。
2マイルの距離でした。
ニューゲートを入ってすぐのパーキングに入れました。
 
 
 
 
 
 
 

城壁に囲まれた旧市街は、簡単に歩けますね。
観光客がたくさん歩いている通りは、古い建物が並んでいて、なかなかイイ。
 
 
 
 
〔 2018年 夏の旅 1 〕  8月2日(木)

ウェールズにはまだ行ったことがなかったので、ちょっくら行ってこようと思ったのでした。
リバプールにヒコーキで往復して、空港でレンタカーを借りました。
(リバプールはウェールズではなくて、イングランドです。)
 
 
 

21時10分発のeasyJetという格安航空です。
席は一番前の通路側だった。格安航空だからビジネスもファーストも無い。
全席エコノミーですね。ドアと一番前の席の間に仕切りも無い。
客室乗務員と向かい合う席です。
乗務員のシートベルトって、4点式なんだ。初めて知った。
操縦室のドアが開いていると、操縦席とか計器が見えました。
飛んでる間はずっと閉まってたけど。
そのドアの上に監視カメラがあった。
ずっと監視されているようなもんだな。何も悪いことはしていないのに。
しかし一番前の通路側というのは、外の景色がほとんど見えないな。
ドアについてる窓は直径10cmくらい(?)の丸い窓だし。

リバプール空港に着いたのが、だいたい時間通りの21時40分くらい。
1時間時差があるからね。でも、フランスよりちょっと暗いかな。
夜遅いせいか、着いたとき、空港はすでに閑散としていました。
リバプール・ジョン・レノン空港というみたい。なるほど。
 
 
 

キオスクが開いていたので、水とかサンドイッチとかクッキーを買いました。
予約しておいたホテルはターミナルのすぐ前です。便利だ。
ヒルトングループみたいで、なかなかいい。
 
 
 

しかし、フロントの女性の英語が聞き取りにくかったな。
客室乗務員の英語もそうだったけど、方言なのか、なんなのか、
鳥がピーチク言っているみたいだ。
ロンドンの人の英語も早口で聞き取りにくかったという思い出があるけど。
まあ、英語の聞き取りは得意ではない。

キオスクで買ってきたサンドイッチは辛かった。
こんなに辛いサンドイッチがあるのかって感じ。
Piri Piri Chicken とかいう名前で、唐辛子の絵が小さく描いてあった。
 
ホテルの部屋にはコンセントがたくさんありました。13もあった。
でもイギリス式だから。持ってきたアダプターは1つ。あまり意味がない。
洗面台のところに日本式が使えるのが1つ、フランス式が使えるのが1つありました。