なんとなく ヨーロッパ -130ページ目

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 

非常事態の規制が緩くなって、久しぶりにパリの街を車で走りました。
自宅から100㎞以内の移動が可能になったんです。
マロニエの花は、もう終わっていました。

パリとその周辺などは、まだいろいろ規制があります。
飲食店や学校は開かないし、公園も閉まっています。
 
 
 
 
チュイルリー公園の門。
 
 
 
 
 
 
 
柵の間から撮りました。人がいない珍しい光景です。
と思ったら、公園を整備する人が写っていました。
ルーヴルの中庭というか、カルーゼルの凱旋門のところにも人がいますね。
 
 
 
コンコルド広場。
 
メトロやバスなどの公共機関は、朝夕のラッシュ時は、通勤とか仕事のために使う人だけです。
(雇用主の証明書が必要)
マスクをしないといけないし、4人掛けの椅子に2人しか座れないし、
オペラなどの大きな駅は閉まっています。
 
 
Rue de la Paix

車の量はまだ少ないですね。
お店も閉まっているところが結構あるし。
ルイ・ヴィトンの本店は開いていました。ヴァンドーム店も開いていたみたい。
カルティエの本店とかダンヒルは閉まってました。
 
 
 
 
ショーメは改装したのかな。
中は入ったことはない。
ナポレオンの冠を作ったという宝石店だからね。
畏れ多くて、とても入れない。(用も無いし。)
 
 
 
リッツも扉を閉めています。
 
 
 
ヴァンドーム広場から、チュイルリー公園に向かって撮った写真。
 
 
新たな感染者の数は減っているけれど、感染が無くなったわけではないので、
気をつけないとね。
 
 
〔 2019年 夏 南仏の旅 3 〕   8月22日 (木)
 
ポストカードなどを買って、セザンヌのアトリエを出ました。
入口のところに、セザンヌが絵を描いた場所の案内図がありました。
歩いても遠くないみたいだけど、車で途中まで行きました。
 
 
 
 
車を置いて、細い道を歩いて行くと、
小高いところに絵のレプリカみたいなものが何枚もありました。
(全部で9枚だったかな。)
 
 
 
 
 
 
 

サント・ヴィクトワール山が遠くに見えたけれど、今日はちょっと霞んでいますね。
糸杉が邪魔なような気がする。
 
 
 
 
 
 
 

セザンヌはサント・ヴィクトワール山を大きく描いているけれど、
実際には、けっこう遠くて小さく見えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
昔来たときに、サント・ヴィクトワール山の近くを車で走ったけれど、
横から見ると馬の背みたいに続いているんです。
その辺りの畑の土は赤かったな。
 
 
 

車に戻って、街なかの美術館に行こうかと思ったんだけど、
チェックしたら、あと15分で閉まるみたいなので諦めました。
ニースのホテルを予約して、そっちに向かいます。
ニースは3回目なので、町はずれの安いホテルにしました。
海岸で日光浴とか、そういうのには興味ないし。
エーゲ海の島のビーチだったら、話が違うけど。
 
ニースに向かって走り出したら、前方に怪しげな雲が広がっていました。
電光掲示板にも、「嵐に注意」みたいな表示が。
少し行ったら、ほんとにすごい雨。集中豪雨ですね。
気をつけて、スピードを落として走って行ったら、その雲の下を抜けました。
道も乾いています。
でも集中豪雨を抜けるまで、けっこう距離があったな。
 
ニースのホテルに着いたのが、19時50分。昨日よりマシですね。
地下のパーキングは5ユーロだというので、それも使いました。
 
 
 

隣にピザ屋があったので、夕食はそこでピザでも食べようかと思ったのですが、
メニューを見たら、パスタも2種類くらいありました。
結局海の幸のリゾットにしました。やっぱりライスは芯が残ってますね。
消化不良になるんじゃないか、と思ったりして。
 
 
 

ムール貝が多くて、イカとかエビとか他の貝も入っていたけど、
メニューに書いてあったタコは入っていなかったような気がする。
ビールもとって、22ユーロくらい。
昨日の夜は冷たいサンドイッチだったからね。温かい食事をしたかったのでした。

しかし、この辺りだとニースに来たという感じはないな。
 
 
〔 2019年 夏 南仏の旅 2 〕   8月22日 (木)
 
朝食が10時までだというので、9時に起きました。
朝食の内容は、コンチネンタルという簡単なものだろう、と思っていたのですが、
パンとドリンクの他に、チーズとかハムとか卵もあったから、まあまあかな。
ビュッフェとはいかないけれど。
 
11時40分にホテル出発。
まずはセザンヌのアトリエを目指しました。
エクス・アン・プロヴァンスには、昔行ったことがあるけれど、
そのときセザンヌのアトリエには行かなかったのでした。
 
リヨンから南に向かうと、日差しが強くなったような感じ。
太陽のオートルートって呼ばれているし。
 
 
 
 
途中一度休憩して、セザンヌのアトリエに着いたのが15時。
エクス・アン・プロヴァンスのちょっと郊外みたいなところにあります。
 
中国人の団体が来ていました。
チケットを買おうと思ったら(6ユーロ50)、なんと予約が必要でした。
30分ごとに25人ずつ入れているらしい。
次に空きがあるのは16時だって。なんてこった。
しようがないから、それを予約して1時間待ちました。
中国人の団体はもちろん予約していただろうから、少し待って入ったみたい。
セザンヌのビデオをやっていたので、それを見たりして時間をつぶしました。
 
予約して他の人たちと一緒に入ったので、ガイドが説明してくれるのかと思ったら、そんなことなかった。
オーディオガイドを借りている人もいたし、印刷した説明を借りている人もいた。
僕は日本語の印刷物を借りました。
 
 
 

アトリエだから、それなりの広さはあるけれど、一部屋しか見学できない。
『えっ。』って感じ。
 
 
 

だから、「セザンヌの家」じゃなくて、「セザンヌのアトリエ」なんだ。
ゴッホが住んでいたところに比べると、かなり広いけど、モネの家の方が大きいな。
まあ、モネはかなり売れていたし、大所帯だったからな。
セザンヌが絵を描くときに使った陶器とかテーブルとか椅子とかありました。
イーゼルとかパレットとか、リュックとか服とか、帽子とか。
髑髏が3つあった。(なんともいえない。)
 
 
 
 
皆、殆ど無言でそこにいて、30分経ったら終わりで、
次の人たちが入ってくるというシステムでした。(ちょっとガッカリ。)
 
 
 
 
最近、日本語の説明を読んでわかったコト。
セザンヌがセント・ヴィクトワール山を一望できる場所に近いこの土地を買ったのが1902年。(62才)
そこにアトリエのある家を建てました。
(日本式に言うと)1階には居間が2つ、台所などの生活空間、2階にアトリエ。
 
 
 
 
窓の右側にある細長い開口部は、
大きな絵を出し入れするために壁をぶち抜いて作ったそうです。
「水浴図」も、ここから出して屋外で描いていたと説明書にはあったけど、
『マジですか。』って感じ。
 
 
 
 
 
 
セザンヌのパレット
 
結局、セザンヌはエクス市内の自宅で家族と生活して、毎日このアトリエに通っていたみたい。
地図でみたら距離は1㎞くらいかな。
ちょうどセント・ヴィクトワール山の絵を何枚も描いた高台と自宅の中間地点に、
アトリエを建てたといった感じでしょうか。
1階は、カンバスなどを置く物置のようになっていたそうです。
だからアトリエしか公開していないのか。
 
 
 
 
セザンヌが好きな人は、『この像か。』と思っただろうけど、
このキューピッド像のオリジナルを作ったのは、フランドルの彫刻家フランソワ・デュケノワ。
その父親ジェローム・ デュケノワが、ブリュッセルの小便小僧を作ったのでした。
『なるほど。』と納得してしまいますね。
 
1906年10月。
野外で絵を描いていたセザンヌは、突然の雷雨に遭い、それが原因で胸膜炎を患い、
エクス市内の自宅で亡くなりました。
 
1904年にセザンヌのもとに1か月ほど滞在したエミール・ベルナールによると、
セザンヌは朝6時から10時半まで郊外のアトリエで制作し、
市内の自宅に戻って昼食をとり、その後風景写生に出かけ、
17時に帰ってくるという日課を繰り返していたそうです。
 
セザンヌの絵は、「水浴図」や静物画よりも、やっぱり風景画が好きです。
完成していないものも多いけど、良いものを実際にみると、色がぜんぜん違います。