奇跡講座 テキスト編 (126) |  なんとなく ヨーロッパ

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 


奇跡講座 テキスト編 p.319 – p.322


あなたは神の子を殺すことができると、本当に信じているのだろうか。父は子をご自身の中に安全に匿い、わが子をあなたの破壊的な想念から遠ざけておいた。しかし、そうした想念のせいで、あなたは父も子も知らない。あなたは、毎日、毎時、毎分、実相世界を攻撃していながら、それが見えないことに驚いている。攻撃するために愛を探すなら、愛は決して見つからない。愛とは共有することであるのなら、共有による以外に、どのようにしてそれを見つけられるだろう。それを差し出しなさい。そうすれば、それがあなたのもとにやってくる。愛は愛に引き寄せられるからである。しかし、攻撃を差し出すなら、愛は隠れたままとなる。愛は平安の中でしか生きられないからである。
Do you really believe that you can kill the Son of God? The Father has hidden His Son safely within Himself, and kept him far away from your destructive thoughts, but you know neither the Father nor the Son because of them. You attack the real world every day and every hour and every minute, and yet you are surprised that you cannot see it. If you seek love in order to attack it, you will never find it. For if love is sharing, how can you find it except through itself? Offer it and it will come to you, because it is drawn to itself. But offer attack and love will remain hidden, for it can live only in peace.



あなたが真実でないものを見えるものにしたとき、真実であるものがあなたには不可視のものとなった。だが、それが不可視なものであるはずがない。というのも、聖霊はそれをこの上なく鮮明に見ているからである。それがあなたに見えない理由は、あなたが別の何かを見ているからである。だが、何が見えて何が見えないかについての決断は、何が実相であるかの決断と同様に、あなたに任されてはいない。見ることができるものとは、聖霊が見ているもののことである。実相の定義は神によるものであり、あなたによるものではない。神がそれを創造したのであり、神はそれが何かを知っている。かつては知っていたあなたが、今では忘れてしまっている。そして、思い出すための道を神があなたに授けなかったなら、あなたはあなた自身を忘却の彼方に追いやってしまったことだろう。



父の愛ゆえに、あなたは決して父を忘れることはできない。誰も、神ご自身が自分の記憶の中に置いたものを忘れることはできないからである。それを否定することはできるが、失うことはできない。あなたが尋ねる質問の一つひとつに、一なる声が答えるだろう。そして、心眼が、あなたが見る一切についての知覚を訂正するだろう。なぜなら、あなたが不可視のものにしてしまったものこそが、唯一の真理であり、あなたがまだ聞いていないものが、唯一の答えだからである。神はあなたをあなた自身と再びひとつにしようとしており、苦しんでいるあなたを見捨てなかった。あなたは神のみを待っているのに、そのことを知らない。だが、神の記憶はあなたの心の中で輝いており、それを消し去ることは不可能である。それは過去でも未来でもなく、永久に、常に在り続ける。



あなたはこの記憶をただ求めればいいだけである。そうすれば、あなたは思い出すだろう。だが、神についての記憶は、それを消し去ってそれが消えたままにしておきたいと望む心の中では、輝くことはできない。なぜなら、神についての記憶は、思い出すことを選び、実相を制御しようとする狂った欲求を放棄した心の中にしか、現れてこないからである。



神の子よ、虚無に満足してはならない!実在しないものは見ることはできず、何の価値もない。神がわが子に価値のないものを差し出すことはあり得ず、神の子もそのようなものを受け取ることはあり得ない。あなたは自分が神を捨てたと思ったまさにその瞬間に救われた。あなたが作り出した一切は一度も存在したことはなく、聖霊がそれを見ないので、それは不可視のものである。だが、聖霊が見ているものは、あなたが見ることができるものであり、聖霊の心眼を通して、あなたの知覚は癒される。この世界がもつ唯一の真理を、あなたは不可視のものにしてしまった。無に価値を置いたあなたは、無しか求めなかった。無を自分にとって実在のものにしたことにより、あなたはそれを見た。しかし、それはそこに存在していない。そして、あなたが自分にとって見えるものにしたもののせいで、キリストがあなたには不可視のものとなっている。
Son of God, be not content with nothing! What is not real cannot be seen and has no value. God could not offer His Son what has no value, nor could His Son receive it. You were redeemed the instant you thought you had deserted Him. Everything you made has never been, and is invisible because the Holy Spirit does not see it. Yet what He does see is yours to behold, and through His vision your perception is healed. You have made invisible the only truth that this world holds. Valuing nothing, you have sought nothing. By making nothing real to you, you have seen it. But it is not there. And Christ is invisible to you because of what you have made visible to yourself.



あなたは実在しないものを見て、絶望を見つけた。だが、実在しないものを探すことによって、それ以外の何を見つけられるだろう。実在しない世界はまさに絶望でできている。というのも、それは決して存在し得ないものだからである。そして、神の実存を神と共有しているあなたは、実相なくしては決して満足できない。神があなたに与えなかったものは、あなたに対して何の力ももたない。そして、愛を引き寄せる愛の魅力は抗しがたいものであり続ける。なぜなら、愛の機能は、あらゆるものをそれ自身とひとつに結びつけ、自らの全一性を延長させることによってすべてのものをひとつにつなぎ止めておくことだからである。
You looked upon the unreal and found despair. Yet by seeking the unreal, what else could you find? The unreal world is a thing of despair, for it can never be. And you who share God’s Being with Him could never be content without reality. What God did not give you has no power over you, and the attraction of love for love remains irresistible. For it is the function of love to unite all things unto itself, and to hold all things together by extending its wholeness.



贖われた知覚は、容易に智識へと翻訳される。知覚だけが誤りを犯し得るが、知覚は一度も実在していなかったからである。訂正された知覚は、智識に場を譲る。智識だけが永遠に唯一の実相である。贖罪は、一度も失われたことのないものへと戻っていく道にすぎない。あなたの父はわが子を愛するのをやめることはできない。
Redeemed perception is easily translated into knowledge, for only perception is capable of error and perception has never been. Being corrected it gives place to knowledge, which is forever the only reality. The Atonement is but the way back to what was never lost. Your Father could not cease to love His Son.