ジャンヌ・ダルクがパリを攻めたときに負傷した場所は、
Place Andre Malraux(アンドレ・マルロー広場)でした。
オペラ通りの南端、サン・トノレの通りと交わる辺りですね。
『そうか、サン・トノレの門はココにあったのか。』
建物の壁にジャンヌのレリーフのようなものがあります。
(昔は無かったけど。)
ルーブルのすぐ近くですね。
シャルル5世(在位1364-1380)が、それまで要塞だったルーブルを
華やかな城館に造り変えました。規模は現在の方形宮の4分の1くらい。
1429年9月8日、ジャンヌ・ダルクは軍を率いてパリを攻めたけれど、
脚に矢を受けて負傷。翌日シャルル7世から撤退命令を受けました。(百年戦争)
当時のルーブルは上の図のような形だったのでしょう。
城壁と門があり、ジャンヌ・ダルクが攻めたのはサン・トノレの門。
現在残っているルーブルの建物は、
16世紀の中頃、フランソワ1世が造り始めたものです。





