
(2013年4月24日 ドンレミ)
近代的な別館みたいなものがあって、
そこに資料(コピーだけど)の展示や、ビデオの上映をしていました。
ビデオを見ると、この辺りは長閑なところだけど、
当時は百年戦争の戦禍を受けていたみたいです。
領土の端に位置していたし。
『そうだったのか。』って感じ。

昨日、車で走ってきて、ドンレミが近づくと、
『いいところだなぁ。』と思いました。
フランスによくありそうな感じで、じつはあまり無いかもしれない。

小高い丘のような山がいくつもあって、広い畑と牛や羊がいる牧草地。
聖地と言われるところは、雰囲気がいいところが多いですね。
ルルドでもポンマンでもル・ロウでも。
聖なるものたちが、そういうところを選んだのか。
聖地になったから、そういう雰囲気を持つようになったのか。
鶏が先か、卵が先か、っていう感じですが。

(写真は別館じゃなくて、生家です。)
ジャンヌ・ダルクはオルレアンで勝って、
シャルル7世をランスで戴冠させた後、パリを攻めたそうですが、
失敗して2度目の負傷をしたそうです。
場所はサン・トノレの門だったとか。
普通に考えると、サン・トノレの通りが終って、
フォーブル・サン・トノレになるところ、ロワイヤル通りとの交差点かな。
どこかに古い地図があったら確認してみよう。
で、
旅行から帰ってきて、シテ島に行ったら、
なぜか古い地図のコピーが壁に貼ってあって、
それを見たら、やっぱり思った辺りに門があったみたいです。
(下の写真)

【 追記 】
ジャンヌ・ダルクがパリを攻めたときに負傷した場所は、
Place Andre Malraux(アンドレ・マルロー広場)でした。
オペラ通りの南端、サン・トノレの通りと交わる辺りです。