人間は、「モビルスーツ」と「操縦者」のセットで成り立っていること。

更に人間には、五感以外に「言覚」(言葉を発した時に生じる感覚)がある、と先日書きました。

 

なぜ、「言覚」が大事なのかというと、モビルスーツの意思や気持ちが一番顕著に表れるのが、『視覚よりも触覚』『聴覚よりも言覚』だからなのです。

 

操縦者が特に意識せずとも、見える、聞こえる、といった受動的な「視覚」「聴覚」よりも、操縦者が能動的に意識して行動した、「触覚」「言覚」の方が、よりはっきりとした返事が返ってくるのです。

 

 

 

 

お片付けのプロ、こんまりさんもおっしゃってるように、服を選ぶ時、ただクローゼットの前に立ち、服を眺めて選ぶのと、実際服を手にとって触って選ぶのとでは全然、体の反応が違う。

見た時にピンとこなくても、触れた時に「これだ!」とビビッときたり、「キュン♪」とときめく。

これを基本にして、自分に必要か不要かを判断して、身の回りを断捨離していきましょうっていう内容なのです。

 

おそらく、視覚によって感じる反応は、操縦者とモビルスーツの両者の意見が混ざりあった状態であり、触覚で感じる世界は、操縦者には予測できない、ズバリ、モビルスーツの意見なんだと思います。

 

見える・聞こえる(操縦者にとって受け身)

【受動的感覚】 視覚、聴覚、嗅覚 

 

《操縦者&モビルスーツの反応》

 

触る・喋る(操縦者主導・自発的行動)

【能動的感覚】 触覚、言覚、味覚 

《モビルスーツの反応》

 

その感覚で反応したのか、これを意識してみるだけでも、モビルスーツとのコミュニケーションがとっても円滑になると思います。

 

 

そして、「言覚」ですが、耳や目から入ってくる言葉では、何も感じなかったのに、口にした途端、涙が止まらなくなったり、口にできないほど抵抗のある言葉ってあるのです。

 

昔、心屋仁之助さんが、解決!ナイナイアンサーで、「声に出して言ってみる」カウンセリングをしていたように、いわゆる「魔法の言葉」を言うだけで、多くの芸能人が言えなかったり、涙を流してしまったりして、本当の自分に気付き、初めて心が解放されるのです。

 

 

 

目で黙読するのと、声に出すのとでは、雲泥の差があります。

言葉を「口に出す」ことで、「ざわっとした」「抵抗を感じた」「何かが込み上げてきた」とき、「本当のあなた」と通じ合った瞬間です。

(『たった一言!あなたの性格は変えられる』より)

当然その「魔法の言葉」は、人によって全く異なってくるので、なかなか自分で見つけるのは難しいのですが、下記はその一例です。

「どうせ私は愛されている」

「私は嫌われている」

「私は女の子だよ」

「私、本当は弱いんだもん」

「お母さんを捨ててもいい」

「あなたは 女の子でいいんだよ」

「私は可愛い」

「一度、死んでね」

「なんでいなくなったの」

「今がいい。今でいい」

「人に迷惑をかけてもいい」

「私は○○できない(orできる)人間だ」

「私には、価値がない(orある)」

「私は、いつも人を怒らせる」

「私は、自分が大好きです」

「私は、お母さんの子どもに生まれて幸せ」

「お母さん、私を生んでくれてありがとう」

最後の2行、私、どうしても抵抗があって口に出せません。

 

例えば、それが汚い言葉であっても、ネガティブ過ぎる言葉であっても、言葉にして吐き出してしまって大丈夫です。

溜め込むより、吐いてスッキリした方がモビルスーツにとっていいことなのです。

モビルスーツの気持ちを代弁できるのは、操縦者であるあなたしかいないのですから。

どうしても汚い言葉や、ネガティブな言葉を口に出すのが抵抗があるのなら、全部言った後で、「なーんてね」とか「って言ってみた」とか付け加えればいいのです。

 

「言覚」、私はよく中島みゆきさんを熱唱して心を解放してます。