「人間は、モビルスーツと操縦者のふたりワンセットでできている」
モビルスーツ、モビルスーツって何度も繰り返していると、自分で言っておきながらも、なんだか自分が変なこと言い出してる変わり者に思えてくるのですが。(笑)
モビルスーツの声だろうが、肉体の声だろうが、心の声だろうが、魂の声だろうが、子宮の声だろうが、電波の声だろうが、宇宙の声だろうが、霊の声だろうが、神様の声だろうが、自分に一番これがしっくりくると思えるのなら、なんでもいいんです。
結局は、「自分自身との向き合い方、付き合い方」なので。
ただ、私には、"モビルスーツの声"が一番現実的でしっくりくるし、論理的に説明しやすいってだけなのです。
"肉体の声"っていうと、なんだか、肉体は操縦者のもので、操縦者上位の支配下というか、操縦者の方が偉くて全ての権限があるような、主従関係に感じてしまうし。
"心の声"や"魂の声"だと、操縦者とモビルスーツがごっちゃになった状態になっちゃうので、余計に混乱したり、"本当の自分"が分からなくなっちゃうし、これで正しいのか不安になるし。
"子宮の声"だと、それだけで、ご自愛系、身勝手、ただのワガママだと、揶揄する方々もいらっしゃるし。子宮を摘出した方にとっては、強く抵抗を感じる気持ちも分かるのです。
また、"電波"とか"宇宙"とか"霊"とか説明されないとイメージしにくいような、よく分からないものが出てくると、非現実的なものに抵抗を持ってしまう方も多いと思うのです。
(実際、引き寄せの法則はあると思いますし、そのような考え方を否定してるわけではありません)
自分を形成している「モビルスーツ」と「操縦者」を切り離して、区別して、別物として考える。
そして、両者が別々の意思を持ってることに気付いて、どちらかがどちらかを支配するのではなく、どちらの存在も、どちらの意思も、尊重する。
そう、ちょうど、人と人とが上手に円滑に付き合っていくのと同じように、客観的になって、「自分と仲直り」「自分と仲良く」「自分と結婚」するようなイメージで。
私はずっと「自分を大切にする」ということが、一体どういうことなのか、実際どうすることなのか、ずっとずっと分からなかったのです。
私の頭の中で、「自分を大切にする」=「ご自愛系」という図式が成り立っており、「ご自愛系」は、
- 身勝手
- 人の気持ちを考えない
- ただの我が儘
- 子供っぽい
- 人の和を乱す
- 人に迷惑をかける
- いけないこと
だとずっと思っていたのです。
かつての私は、
「誰かのために」とか、
「周りに迷惑かけないように」とか、
「人に頼らずに」とか、
「人の幸せが、自分の幸せ」とか、
「自己犠牲愛」こそが美しいものだと信じていたのです。
モビルスーツの意見や存在そのものを、完全に無視し続け、「自分はこうであるべき!」とがんじがらめに支配して、モビルスーツのことを、ないがしろにしていたのです。
自分のモビルスーツを、自分から切り離して、"ひとりの人(相手)"として考えた時、私は今までずっと、モビルスーツを全力で全否定しながら生きてきたことに気付いたのです。
私は、モビルスーツの警告を無視し続け、「もっと頑張らないと!もっと耐えないと!もっと我慢しないと!もっと努力しないと!弱音を吐くな!」と自分に鞭を打ち続けたから、モビルスーツも限界に達し「もうあなたには操縦させたくない!」と拒絶され、強制終了(うつ病)をかけられたのだとやっと理解し、腑に落ちたのです。
(私がモビルスーツの立場だったら、こんな独裁操縦者は断固お断りですもの)
叶姉妹は、「モビルスーツと操縦者」の絶妙な関係性を具現化した、最強のモデルだと思うのです。
モビルスーツ=姉・恭子さん、操縦者=妹・美香さん、ふたりで最強のワンセット。
"常識”などの理念の枠を超えて、自分の思うままに自由に方向性を決めるのが恭子さんで、それに対し"世間の常識"と照らし合わせ、理性的に行動したり調整するのが美香さん。
どちらかが支配しているのでもなく、お二人の考え方が違っても、お互いがお互いの考えを尊重し合い、思いやり、上手にふたりで回していく。異母姉妹という枠を超えて、素晴らしいバランスで成り立っていると思うのです。
「ご自愛系」に抵抗があるのなら、「モビルスーツ慈愛系」でやってみませんか?



