さて、衝撃のストレスの原因が判明した昨日から一夜明けました。
さぁ、問題の母親の古希祝い、どうしましょう。
昨日は、そのままの勢いで父に電話して、
「私にはやっぱり無理。母の古希祝いの席には絶対に立ちたくない!!」
と子供のように泣きじゃくって、断ろうかと思ったりもしたのですが、
「そんな40目前にしたイイオトナが、突然子供じみたこと言って、70過ぎた親を困らせるのはどうなのさ???」
と冷静に止めに入る理性の私も居て。
「母親の古希祝いを、表面上だけでも祝えない」私を、「オトナゲナイ」とがっかり思ってしまうのも私の本音なのです。
"正義のべきべき人間"だった10年前の私だったら、古希祝いに行かなければならない理由や、今更断れない理由を並べて、更には自己否定感と嫌悪感を膨らまし、自分を責めて律し説得したと思います。
「どんな母親でも自分を産んでくれた母親なんだから、感謝しないとダメ!」
「小学生じゃあるまいし、我儘な"だだっ子"みたいよ?情けない!」
「もう立派な大人なんだから、社交辞令って割り切ればいいでしょ!」
「大人の対応!大人の対応!」
「還暦祝いもおじゃんになってしまったのだし、古希祝いぐらいいいじゃない!」
「場所や日程だって、わざわざ変更して私達夫婦に合わせてもらったじゃないの」
「お正月の親戚の集まりだって、祖母の誕生日だって、うまく振舞ってたじゃない」
「父親の古希祝いだけやって、母親は無しってわけにはいかないでしょ」
「母親に何か言われるわけでもないでしょ。どうせ会話しないじゃない」
「毎年のことじゃないんだし、一生の一度の古希祝いぐらいいいじゃない!」
「古希祝いぐらい出席すべき!!我慢すべき!!乗り越えるべき!!べきべき!!」
実際、10年前の還暦祝いもこんな按配で「べきべき!」となんと自ら率先して指揮を執ってお店を予約したりしていたのです。(汗)
あの頃も、恐ろしく体調が悪かったのを今でも思い出します。
そして、還暦祝いの前日に兄が緊急入院して、すべての計画が流れてしまった時の、安堵感も忘れられません。
お店にキャンセルの手続きをとり、「私はやるだけやったし、こんな状況だし、もういいよね、還暦祝いは無しだよね」と心底ホッとしたのを今でも覚えてます。
さて。あれから10年経った、現在の私はちょっと違います。
立場とか常識とか正しさとか、そんなものよりも、まずは自分の自尊心を大事にします。
「そこまで母親のことを拒絶してたなんて、自分でも気付かなくってごめんね」
「そこまで厭なら無理して行かなくてもいいんだよー」
「親不孝者でもいいんだよー」
「誰がなんと言おうと、私は味方だよー」
「古希祝いに行ってもいいし、行かなくてもいい、どちらでもいいんだよ」
「だって私には選択肢がある。物事を選べる立場にいるんだよ」
「だって、そこまで訴えてくるほど厭なんだもんね、分かるよ」
と、まず自分の心に寄り添います。
「古希祝いぐらい…、食事するぐらい…」と考えてる頭の私と、「"それぐらい"って簡単に言うな!!」と揺さぶってくる心の私に、かなりの温度差があることに気付き、それを受け容れます。
現在はこの時点で立ち止まっているので、まだどうするかは決めてませんが、
「相当な拒絶反応が出るぐらい母の古希祝いに行きたくないのだけど、なんとかお祝いに行かないで済むいい方法はないかな?」
とだけ主人に伝えました。
頭痛や胃痛、イライラ、暴飲暴食、食欲不振、痒み、肩こり、歪み、原因不明の体の痛み、悪夢、不眠…などなど、様々なストレス症状は、
「自分自身に気付いて欲しい必死の訴え」
だったりするのです。
自分が本当の気持ちに寄り添わず、ないがしろしてしまった時、
ないがしろにしたまま、何かをやり過ごそうとしている時、
無意識下にいる心が、言葉で喋れない代わりに、
「違うよ!気付いてっ!おい!いい加減気付けよっっ!!」
と必死であの手この手を使って、伝えようとしてくるのです。
それに気付いてさえくれれば、ちゃんと心意に寄り添って行動してくれるのなら、気が済んで、それだけでストレス症状が緩和することもあります。
これって人間関係でもよくありますよね。
相手にただ自分の気持ちを分かってほしくて、遠回しな言葉でイライラをぶつけてしまうけれど、気持ちを分かってさえくれれば、それで気が済む、みたいな。
相手が鈍感で気付かない場合、どんどんエスカレートして訴えが乱暴になる(笑)
だから、私の場合も、何も問題はクリアになってるわけでなく、単にストレスの原因が分かったところまでしか辿り着けてないけれど、私の体調はちょっと機嫌を取り戻してくれました。
「行かなくちゃ、行くべきだ」と自分を律して実際行くのと、
「いざとなったら、行っても行かなくても、どちらでもいいんだ。その選択肢は常に自分にあるのだ」と思って行くのと、気持ちの軽さは全然違いますものね。

