意識下にある自分と、無意識の自分。
理性で判断できる自分と、感情で振り回す自分。
頭で理解しているはずなのに、心と体がついてこない自分。
どちらが本当の自分なのだろう。
「自分」の軸が分からなくなる時はありませんか?
例えば、頭では、○○してはダメだと分かっているのに、理由はわからないけれど、○○してしまう時。
浮気とか、不倫とか、嘘とか、暴力とか、過食とか、自傷行為とか、依存症とか…。
自分でも何故か分からないけどやってしまう。
そういう時は動機が無意識の範疇にあり、頭では動機を意識できないから、理由もなく"何故か"そうしたくなるし、してしまう。
そういった衝動を、理性でコントロールできる人が大人であるとか、衝動を抑えれる人間が感情のコントロールができているとか思われがちですが、実はその反対で、理性でコントロールしようとすればするほど、感情はもっと暴れます。
「やめたい自分」と「やめられない自分」。
どちらも自分なワケで、「やめたい自分」は、「やめられない自分」を責めたり、自尊心を傷つけたりします。
それに対して「やめられない自分」は、これでもかと反動を起こす。
頭ではAを選択した方が、安全で幸せになる賢い道と判っているのに、あえて、わざわざ苦労する道Bを選んでしまうとか。
漫画でよく頭上に出てくるような、天使の声と悪魔の囁き、みたいに自問したり、自分の中で折り合いがつかない時。
本当の自分は一体どうしたいのか、「自分の本心」が分からない時。
実は、自分の中には「ふたり」います。
誰もが「ふたり」でワンセットで生きているんです。「ふたり」っていうのは、
「モビルスーツ」と「操縦者」。
ガンダム(全然詳しくないのですが)で例えるなら、「モビルスーツ」が人間の形をしたガンダムで、それを操縦する「操縦者(パイロット)」が、アムロ・レイ。
このふたりワンセットで、この世で「生まれ」「生きる」ことが成立する。
「モビルスーツ」は、肉体であり、宿命であり、人生であり、形のある"乗り物"。
「操縦者」は、その肉体や宿命を操縦して、運命を切り拓いていく、形のない"魂"。
基本、モビルスーツは受け身の立場なので、操縦は完全に魂に委ねているのだけれど、でも実は、モビルスーツにも意志みたいなのがあって、ただ、言葉で伝えられないので、色んな方法で、魂に同調したり、反駁したり、時に暴走したりするわけです。
それが、無意識の"何故か"わからないけれどやってしまう行動なのです。
人生における選択肢は全て操縦者の権限。
その選択を誤るとモビルスーツは、ストレス症状という形でそれに反駁します。
また、好ましい選択をすると、モビルスーツも「キュン♪」と喜ぶのです。
選択というと、大袈裟に聞こえますが、日々の些細な選択から、モビルスーツはちゃんと反応してくれています。
例えば、操縦者が、モビルスーツに似合う服を着せると「キュン♪」となるあのトキメキ。モビルスーツに似合う髪型をセットして、特徴を生かしたメイクを施してあげると、それだけで、意味もなくその日は「ルン♪」とご機嫌になります。
モビルスーツが喜ぶような美味しいものを食べると、至福感でいっぱいに満たされます。
それらの選択や評価は常に、他人軸ではなく、自分軸に基づくのです。
だから、他人がいくら高評価をしているものでも、自分のモビルスーツに当てはまるわけではないのです。
音楽とかそうですね。たくさんの人に支持されている音楽でも、それが自分に合うか合わないかは別問題で、自分が癒されたりご機嫌になれる音楽を選択するのです。
逆にモビルスーツが反駁するパターン。
日々の選択肢の中で操縦者が、モビルスーツをぞんざいに扱うと、ストレス症状という形で反駁してきます。
「ブスだから」とか「デブだから」とか「バカだから」とか「どうせ私の人生は・・・」っていうスネた自己否定感は、そのままモビルスーツの否定に繋がるわけです。
「今更おしゃれしたってババアだし」
「若作りして化粧してもみっともないし」
「どうせあなたなんて誰も見てないし」
「あなたには高価な服はモッタイナイから安い服で充分」
「ランチは安くてお腹いっぱいになればいいや」
「余りものや残り物でいいわ」
「健康にいいんだから不味くても食べないと!」
「太るから食べるのを我慢しないと!」
「もっともっとダイエットしないと!」
「もっともっと勉強して認められないと!」
「こんな病気がちな体に生まれなければ良かった」
「女に生まれなければ良かったのに」
「才能のない自分には価値がない」
「生きてる価値がないからもっと努力しないと!」
などなど、モビルスーツを卑下したり否定した上での選択や行動をとると、自尊心を傷つけられたモビルスーツは、イライラさせたり、頭痛や胃痛の攻撃だったり、暴飲暴食させたり、だるさだったり、吐き気だったり、嫌がらせのような訴えを起こすのです。
それが、ストレス症状と呼ばれるもの。
このストレス症状が酷ければ酷いほど、モビルスーツが憤慨している警告なのです。
それを無視し続けると、モビルスーツは強制終了をかけます。ボイコットです。
モビルスーツは、ある意味、すごく繊細で正直で純粋でまっすぐで無垢な子どもの心を持っているのです。
誰よりも、操縦者に愛されたいし、認められたいし、理解して欲しいし、大切に扱って欲しい。
クルマとかの乗り物でも同じことがいえますが、大切にものを扱うと、それはそれにちゃんと応えてくれるのです。
モビルスーツ(人生)は、操縦者である自分の扱い方次第ということ。



