週末にかけて、主人と関西へもろもろの用事&クライミングで戻っていた。彼の御両親と時間を過ごしたり、置きっ放しになっているマンションの手入れをしたり、大切な友達とご飯を食べたりと、クライミング以外にもかなり充実した時間がすごせた。
金・土とクライミングをして、日曜も当然行くものだと思っていたら、主人が突然「日曜日は帰る前にお墓参りに行きたい」と言い出した。どうも、最近頭痛や腰痛がなかなか治らない…とツイッターでつぶやいたところ、昔からの友人に「墓参りしてないんとちゃうか?」と言われたらしい。よくよく考えてみると、何十年もの間行ってなかったようで、今回の「墓参り」につながったのだ。
私も4年くらい前に行ったっきりになっていたので、行きたいなあ…などと思っていたが、お寺の名前もうろ覚えだし、わざわざ親戚に聞くのも仰々しいよなあ…と考えながらスマホで「吹田 墓地」なんて検索していた。でもどうもぱっとした名前がでてこないし、「よし!また次回にしよう!」とあきらめた瞬間、スマホが鳴った。なんと母からの電話。
このブログにも何度も登場している母だが、まあめったに電話なんてしてこない。こっちがかけまくっても、折り返し電話もしてこない。母が電話に出る=ラッキーアイテム的な感じになっているのだ。その母から「なんか電話した?」と三日前の私の不在着信の折り電がはいったのである。
これはお墓が呼んでくれてるに違いないと、確信した瞬間だった。
吹田まですいすい向かい、無事お寺に到着。ここには御先祖様のお墓から、祖父母、伯父たち、伯母…と5か所ほどに分かれてお墓が立ち並ぶ。せっせと墓石を洗い、まわりを掃除し、お線香を手向ける。なんとも素敵な対話の時間だ。
そんな風に、順番にお墓を巡って次の伯父のお墓にたどり着いた時のこと。お墓に「現在区画整理をしているのですが、このお墓は永代供養費が支払われていないので、この日から1年以内にご連絡を頂けない場合、無縁仏として供養致します。平成23年4月1日」と書かれた札がたっていた。お墓自体は祖父母がみんなの分(11人子供がいて、そのうちの男8人分)を支払っていると思うのだが、それ以降の管理代は、それぞれの家族が出していく…という風になっているのではないかと推測される。
でもその伯父の家族は北海道にいるので、なにが起きているのかは多分誰も知らないのだと思う。
この伯父は私が産まれる直前に亡くなり、そのショックで私がなかなか出てこなくなり、巨大化したためにとうとう帝王切開で産まれる…ということになったのだが、ちょっとしたエピソードがある。
私が2~3歳の頃、大人の足で10分位離れたところにある公園で母と一緒に遊んでいた。しかし母はたまたま会った友人との会話に花が咲き、私をほったらかしにしていた。母がふと気づくと私がいない。慌てていろいろ探すも、どこにも見当たらない。どうしようもなく、一旦家に戻り、近所でブティックをしていた伯母の店に行ってみると私がちょこんといたらしい。
公園から伯母の店まではいくつも信号があるし、私はまだ信号をちゃんと理解できる年齢ではなかったのだが、どのように帰ったのか聞いてみると「ミツオおっちゃん(私が産まれる直前に亡くなった伯父)が、今行き!とか止まり!とか教えてくれた」と言ったらしい。もちろん会ったこともない伯父の名前など知るわけもなく、なぜそんなことを言ったのか誰も分からなかったのだが、とにかく守られてるんやね…と納得したのである。この話は私が大きくなってから聞いたものなので、自分に記憶があるわけではないのだけれど、なんとなくその伯父が「ちょっと俺の墓、やばめなんですけど」って呼んだのかなぁ?なんて考えている。
人はいきなり産まれるわけでなく、先祖がいて初めて存在し得るもの。忙しい毎日にかまけて、つい忘れがちになってしまうのだけれど、護られている毎日に感謝して日々精進せねば!と気持ち新たに関東へ戻ってきたのである。
しかし、お墓はいらない!なんて思っていたけど、唯一亡くなった人と対話できる場所、お墓を洗ったりお世話できる場所…として考えると素晴らしい所だとおもう。ただ、自分が主人より先になくなった場合は、主人が亡くなるまで箱にいれて家に置いておいて欲しい。昼間はいいけど、夜お墓に1人で入るのはやっぱり怖いと感じてしまうのは、現世の超浅はかな考えなのだろうけれど…
私がもし先に亡くなったら、私のブログを全く読まない主人に「こんなんゆうとったでー」と誰かお伝えください(`_´)ゞ