青山学院大学講堂の渋谷サンロッカーズホームコート最終戦を2026/4/26(日)観戦した。


2025-2026/B.LEAGUEレギュラーシーズホーム最終戦と10年間に渡りサンロッカーズ渋谷の本拠地を担ってきた青山学院大学講堂。ホームアリーナとしての最終日。

来シーズンサンロッカーズの本拠地はTOYOTAアリーナへ移る。

会場は本拠地移転を惜しむファンで超満員。

試合も両チーム選手の気迫が伝わるシーソーゲーム。どちらのチームも引かない。第4P試合終了間際のスコアーは85:85同点。サンロッカーズ渋谷サイドからのアルティーリ千葉のスローイン。残り時間は0.4秒。タイムアウト、メンバーチェンジ。サンロッカーズはスローインをする選手の前に交代した大型選手を張り付ける。場内はこのバスケットボール競技の最高のスチュエーションにざわつき静まる。スローインされたボールは高身長のディフェンスの手の遥か上を綺麗な弧を描きリング上へ向かって行く。刹那、軽々と空中高く浮いていた褐色の肢体は両手でキャッチしたボールをその滞空時間の長さ故に慎重にゴールリムに流れし込んだ。ダンクでもティップでもない軽くバンクに当てたショットであった。ボールがリングに半分沈んだ時、ボードの赤いライトが点灯した。タイムアップ。アルティーリの全選手の歓喜の輪がひろがった。調べると残り0.4秒でのスローインからの得点は世界的にも珍しいとのこと。記念的試合で劇的幕切れ。サンロッカーズ渋谷は最終戦を飾れなかった。無念の敗戦。

場内の興奮がやっと冷めた頃、青山学院講堂お別れセレモニーが始まった。

ベンドラメ礼生キャプテンの挨拶や来賓の言葉が続いた。


青山学院大講堂がホームアリーナになりB.LEAGUE加入の審査に受かった時の経緯や苦労のエピソードを渋谷区長や青山学院理事、チーム幹部から紹介された。低迷していたというより崩壊していた当時のトップカテゴリーの日本バスケット界。その再生の証であるB.LEAGUEの誕生。必ず参戦したいという当時のクラブチームの熱い思いが官民学一体という特異な連携を生み加入を果たしことが語られた。

本拠地の移転は時代の流れ、プロスポーツとしてのバスケットボール興隆に乗って行かないといけない。成長の為の苦渋の決断だ。チーム名に区名を冠するユニークさが無くなるのが寂しいがチームやB.LEAGUE歴史にサンロッカーズ渋谷という独特の存在が刻まれる。


7年前、石神井バスケ同期のY岡君のスポンサー席での観戦という甘い誘いがプロバスケット観戦のきっかけであった。B.LEAGUE/B3の東京サンレーヴスの試合をコートサイド席から楽しく観戦した。当時も現在もだと思うがB3リーグはアクセスの悪い区市町民体育館でプロリーグらしい演出を心がけるのに腐心していた。その経験から青山学院講堂での手ずくり感に溢れる開催に違和感はあまり無かったが観客数と熱気には驚かされた。

私の青山学院講堂での観戦歴は4~5年前からで観戦回数は多くはない。
B.LEAGUE/B1の試合観戦は青山学院記念講堂以外、先日のTOYOTAアリーナが始めてだった。その大アリーナに比べ青山学院講堂は観客へのホスピタリティー等その手作り感は心地良いものがあるが、音響、映像設備、施設内の快適性は専用アリーナにかなわない。

急激なプロリーグの成長。

TOYOTAアリーナを経験するとB.LEAGUEトップカテゴリーの観戦環境についての考えが変わる。

ただし、会場までのアプローチの利便性、会場規模や観戦前後の過ごし方の多様性等立地場所となると別の思いが浮かぶ。コアなファンの観戦スタイルではなくカジュアル感覚のスポーツ観戦もあっても良いと思う。その可能性を持っていたのが都心の特別感を纏った青山学院講堂だった。

渋谷区長が挨拶のなかで近い将来ロッカーズが渋谷に戻って来る予感がある旨の発言があったが期待したい。