同じ地域に30年以上住んでると、近所には、もうパパと一緒に通ってない道はナイわけで、どこを歩いてもパパを思い出す。悲しくて、現実から逃げたくても、それは避けることも、ままならない、受け入れるしかない生活環境。
パパが亡くなった直後から、今現在に至るまで、パパと歩いた道を一人で歩き、パパと買い物したスーパーで一人で買い物をして、またパパと歩いた道を通って一人で帰って来る。
どこを歩いていても、その景色の中に、パパの残像がリアルに浮かぶ。
そんな中で、最近の私は考え方を変えるようになった。
元々、私は「あの世」と「この世」は同じ場所にあって、「目に見えない世界があの世」、「目に見える世界がこの世」って、思っていたんだけど、もうね、私と会話しない、その辺ですれ違う人たちはみんな、あの世の人って考えることにしたの🤣
通勤途中で、どこかの家からスーツ姿で出て来る人を見れば、「あらあら、死んでまで会社行かなくていいのに。よっぽど仕事が好きだったんだね🤭」
スーパーで仲良く買い物してるご夫婦を見れば、「あんなに若いのに、かわいそうに。でも二人一緒に逝けたなら幸せか😅」
右側通行なのに、左側を歩いて来て、ぶつかりそうになるオッサンにも、サッと道を譲って、
「ハイハイ、好きな所を歩いていいので成仏してください😁」
とね😂
もー、どんどん心の黒さに磨きがかかってる?![]()
でも、そー思うと、頭に浮かぶパパの残像が、その、目に見える幽霊さんたちと同じようにホンモノみたいにハッキリと見えて来るんだわ![]()
「愛する人の死」ってさ、私にとっては「乗り越えるモノ」じゃないんだな。
「共に生きる方法を探し続けるモノ」かな。
今はまだ方法を間違えて、真っ黒人間になってくだけかもしれないけど、いろいろやってみながら、パパと生きて行きますよ![]()
「みんな幽霊にしちゃうのは、ひでぇだろ~😂」