メールマガジンは続けていたものの、このブログの更新をずっと怠っていました。
でも、今回あるきっかけで反省しましたので、掲載していなかったものをどんどん
載せていきます。一気に50回分くらい上げますので行間が詰まったままですが、
その点はご容赦ください。 2011年10月21日 黒崎
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◆【旅のものがたり】
株式会社いい旅ホームページ http://www.etours.jp
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2011年7月29日号
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「旅のものがたり」は、素直な好奇心で、先入観なく世界や日本のことを
楽しもうと始めた企画です。雑学や話のネタとしてお楽しみください。
題材は基本的にいい旅のツアーから選んでいますが、時々日本の話や旅と
は関係ない話も登場します。
それでは早速、今回のものがたりをご紹介しましょう。
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【第95回】
「眠れる神像」
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人の世が始まるずっと前のことです。
いちばん偉い神様が土地をつくり、他の神様に分け与えました。
ところが日が暮れてから、もう1人神様がやってきました。
とても働き者の神様で、日中は熱心に働いていたために遅れたのでした。
偉い神様は新しく島をつくり、働き者の神様は喜んでその島の守り神となり
ました。
時は流れて人の世、ある街に、働き者の神様の像が横たわっていました。
足は海辺にありましたが、頭は街に達するほどでした。
何とも大きな像ですが、ずっと前からあったので人々は不思議にも思わず、
毎日眺めて暮らしていました。
ある時、子供が尋ねました。
「おじいちゃん。昔あの像は立っていたって本当?」
「本当じゃよ。わしのじいさんが子供の頃にはな。」
「どうして寝ちゃったの?」
「地震があってな、足がポッキリ折れてしまったのじゃ。」
「直してあげないの?」
「いろいろあってのう。直さないことになったんじゃ。」
長い時が流れて、別の子供が尋ねました。
「おじいちゃん、昔は大きな像があったって本当?」
「本当じゃよ。足は海辺にあって、頭は街に届くほどじゃった。」
「どうしてもうないの?」
「たくさんの人が来てな。バラバラにして持って行ったんじゃ。」
「どこへ連れて行かれたの?」
「わからんが、眠っているより良かったかもしれないのう。」
「どうして?」
「また、働くことができるからじゃよ。」
そしておじいさんは、神様の像の話をしてくれました。
かつて街が他の国に侵略されそうになった時、男達はもちろん、奴隷までも
戦いに出し、女は髪を切って弓矢の弦として、住民は必死に戦いました。
その結果、何とか街を守ることができたので、人々は島の守り神に感謝して
銅像を作りました。
銅像は大きくて大変立派で、街を守るように海に向かって立ちました。
ところが残念なことに地震で倒れてしまい、直すことも考えられたのですが
やめになりました。
神の姿をした像をつくったことが、神の怒りに触れたと考えられたのです。
かといって、像を壊せばまた神の怒りを買うかもしれないため、神像はずっ
と横になったままになっていました。
こうして何百年も経ってから売られ、その神を信じない外国の商人にバラバ
ラに砕かれて運ばれたのでした。
神様の名前は、「太陽神ヘリオス」といいました。
怒って壊したのかどうかはわかりませんが、日中は決して休まないほど働き
者の神様にとって、数百年間も寝ているのはきっと耐えられなかったことで
しょう。
でも、青銅は溶かされて別の物に姿を変え、またどこかで働いたのでした。
地中海に浮かぶ、ギリシア、ロードス島には、こんな巨像の伝説が残っています。
太陽神ヘリオスを守り神とするこの島には、今日も働く太陽が、暖かい日差
しを投げかけてくれます。
今はもう何の痕跡もないそうですが、太陽神が送る陽を浴びれば、壮大な神
像の姿が目に浮かぶかもしれません。
訪れた際は、港に立って働き者の神様の姿を想像してみてはいかがでしょうか。
▼もうちょっと知りたい!という方はどうぞ↓
※神話によれば、太陽神ヘリオスにロードス島を与えたのは全能の神ゼウス
で、ロードス島にはバラが多かったため「太陽とバラの島」と呼ばれます。
神像は、マケドニア軍の侵略を退けた記念としてつくられ、記録によれば像
の全長は34m、台座を入れると50mほどもあったといいます。
大量に必要とされた材料には、敵軍が残していったたくさんの青銅製の武器
が使われたそうです。
建造にかかった期間は、12年とも66年ともいわれますが、残念ながら50
年ほどで地震で足が折れてしまい、以来800年以上も倒れたままだったと
いいます。
▼オマケの話
※銅像は港の入り口をまたいで立ち、中には階段があって人が登ることができ
たそうです。
目には赤々と炎が燃えて灯台の役割を果たし、敵船が侵入しようとしたら右手
に持った煮えたぎる油をかける工夫がされていたともいわれます。
ただ、実際には港口(幅60m)をまたぐには身長が120mほども必要で、
当時の技術では難しいため、港をまたいではいなかったと考えられています。
※1970年になって、何度か像の再建が検討されたそうです。
実現すれば観光促進の効果は計り知れませんが、お金がかかりすぎることが
理由で再建されていません。
※住民が神の怒りを恐れたため、800年以上も倒れたままだった像は、7世
紀にロードス島を支配したイスラム商人によってユダヤ人に売られ、偶像崇拝
を嫌う彼らの手によってバラバラにされ、900頭ものラクダに乗せて運ばれ
たといいます。
▼これであなたも物知り博士?
「現存する銅像で、最も多くの銅が用いられているのは?」
1.自由の女神像
2.鎌倉の大仏
3.奈良の大仏
答え:
3.奈良の大仏
背の高さなら自由の女神像が40mほどもあり、仮に奈良の大仏が立ち上がっ
ても及びませんが、使用している銅の量は圧倒的に奈良の大仏が多いそうです。
自由の女神像は厚さ4ミリ程度の銅板を張って作られており、銅の重量は50
トンほどだそうですが、奈良の大仏(高さ約15m)は、400トンもの銅が
使われています。
高さ12mほどの鎌倉の大仏も重量が120トンあり、現存する銅像では日本
のものがトップ2を占めていることになります。
ロードス島にあったヘリオス神像は、自由の女神像より少し背が低い程度だっ
たようです。
銅は12.5トンほど使われたという記録がありますが、像の全身を覆うと厚
さ3ミリほどにしかならず、ラクダ900頭で運んだとなると1頭あたり14
kg足らずの荷物なので、実際にはもう少し多く使われたのかもしれません。
▼編集後記
ロードス島の巨像に限らず、巨大なものには興味をそそられます。
最近では建築技術の進歩もあって、100mを超える像が世界各地でつくられ、
超高層ビルが競い合うように建てられています。
ヘリオスの巨像は、紀元前に建造されて50年ほどで倒れ、800年間も寝た
まま(実際には砕けていたらしい)だったにも関わらず、江戸時代の日本にも
その存在が知られており、浮世絵に描かれたこともあるそうです。
大きなものを見たい、高いところに登りたいという気持ちは、昔も今も変わら
ない人の願いなのかもしれませんね。
▼ものがたりに学ぶ、今週の教訓
「動かない ものにも何か わけがある」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
★次回 旅のものがたり
「奇妙な塔」(仮)
それでは、次回の「旅のものがたり」をお楽しみに!
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「旅のものがたり」
発行者:株式会社いい旅
執筆 :黒崎 康弘
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