
たまに商品を値切る人がいる。それはその人の日常的な、あたりまえの行為なのかもしれない。
いったいいくらだったら納得するのか?そんな人とのやり取りは、後々まで尾を引く。
50歳を過ぎて、自己嫌悪、自己検証、自己否定を寝る前に思い起こすと、
あんなことを言わなければよかったとか、あれはやめればよかったとか、思い悩む。
お店のボーンフック(クジラの骨のネックレス)の値段をみて、値切る人が何人かいた。
そういう人には「お守りを値切ると、幸運が逃げてしまいますよ」と説明する。
それは自分も若いころ、そういう時があって、ある経験をしたからそう言うことにした。
かつて旅行の仕事をしていた時に、世界を旅して買い物をする時には、
「ディスカウントプリーズ」があたりまえだった。
1995年に友達と沖縄に行った時に、当時、どうしても大きなシーサーが欲しくて、
万座毛近くの市場のような場所で、接客してくれたお姉さんに、
「なるべく大きいのを買うのでディスカウントしてくれますか?」と聞くと、
「縁起物をディスカウントすると幸運が逃げていきますよ」と言われた。
その瞬間に、いけない事を聞いてしまった。失礼なことを言ってしまった。と思い、
すいませんでしたと謝って、大きなシーサーを2体買った。
(そのシーサーは25年経った今もお店のショーウインドウに飾っています。)
その経験があって、クジラのボーンフックについては、「値切り」を断っている。
相手に対する想像力とか、言葉のチョイスが乏しいと、
思いがけずに相手に失礼な空気を与えてしまう事がある。
「嫌な人」とは付き合わなければいいし、SNSで「失礼な人」はブロックすればいい。
50歳も越えて、自分を殺してまで、我慢して付き合う必要もないし、
「嫌な人」や「失礼な人」と過ごす時間はすみやかに捨てたほうがいい。
大切な人生時間の無駄だから、映画を観たり、音楽を聴いたり、読書したり、
好きな時間にあてたほうが、自分が成長できます。
対照的に、この人に会うと元気がもらえるとか、
他者に配慮のある方で、言葉のチョイスがものすごく秀逸で、
自分もこうなりたいと思う、素敵なオトナもたくさんいる。
そういう人たちと時間を共有したいし、残る人生を過ごしていきたいと心底思う。