鯨のブローを探して | 珈琲と虹と鯨の棲む場所

珈琲と虹と鯨の棲む場所

東京都三宅島をフィールドに直感を綴る


西のてっぱつが止んで、カフェの西側の海が凪ぎると双眼鏡でクジラのブローを探してみる。
遥か沖に二頭のブローが見えたので、暫く追っていると、目の前の桟橋で大きなブローがあがった。
あんまり近すぎて、えええええぇ~~~~~~~~そこぉ~~~って思って、
急いで三脚にビクセンの望遠鏡を置いてカメラを近づけて撮ってみたのがこの写真です。
※2014年にハワイ島のサウスポイントで見たブローを思い出すなぁ、人生最高の想い出のひとつ。

ハワイアンは地球上で大きな生き物は神様の使いとされて、神聖な生き物と崇められている。
亡くなったクジラが漂着した場所は、神聖な生き物の最期の場所であるとされ、特別な場所だと言われる。

かつて、富賀浜にマッコウクジラがストランディングして、沖縄の美ら海水族館に勤める同期に写真を送ると、
「マッコウクジラのストランディングなんて、一生に一度あるかないかってくらい貴重なんだぞ!」って言われました。

たとえ365日、毎日クジラに会えたとしても、地球上で一番大きな神聖な生き物との遭遇、
それこそ、この島に住んでいるからこそ起こるミラクルなわけで、
全身の毛穴が開いてしまいそうなくらい、感動して、その偶然には感謝しかない。
一生のうちで、野生のイルカやクジラに出会うことなんてない人がたくさんいると思う。

何が言いたいかというと、島に住んだら、そういう事を大事にしたいと思うし、
毎日のように見れたとしても、一期一会なんだと思ってその偶然に感謝し、
その貴重な時間に対して、島に恩返ししたいと思うくらいの気持ちで生きて行きたい。
そしてこの貴重な偶然を、たくさんの人に三宅島で体験してほしい。

ある方とお店で島の自然について深く話をした時に、
「三宅島の人たちは、もっと、いまある島の自然を大切にしたほうが良い。」と言われました。
あたりまえになってしまわないで、身近な小さなことを大事にするべきだと。

かつて大きなプロジェクトを推進していた方からも、
「三宅島の残念なところは、生け花みたいに、最初はきれいに見えても、
すぐに枯れては捨てて、また新しい花を飾って、枯れては捨てる。
種を蒔いて、芽が出て、花を咲かせ、大きく育って木になり、林にして、森にしていく
そういったビジョンに欠けている。」と言われたことがある。

すでにたくさんの身内や友人の死を見送ってきた。
自然の中で生かされている、自然の中で遊ばせてもらっている、
いつまでも謙虚な気持ちで、「個体の掟」の中で、自分と向き合っていきたいと思う。