
島の岩場と体育館のクライミングウオールで何百枚もの写真を撮ってもらい、結果的にこの一枚が記事になった。

この取材を受ける時に、最初に二人のキーマンについて話をした。
この二人は三宅島のクライミングの歴史を語る上で、なくてはならい重要な人物なので
このプロローグなしに取材を受けることはないと自分の中で決めていた。
一人目は、三宅島のクライミングの歴史を開き、他界してしまった暁くんの話
二人目は体育館を作ってくれた飯山健治さんの話、それと二人のサインが入った写真
飯山さんとは、前回(今年の4月)島にホッチさんといらした時に、いろいろと4年間を振り返り、
いろいろ(ここには書けないこと)なことを話しました。
オリンピックを目指すアスリートとは、それはそれは365日それだけを考えて準備し、世界一を目指します。
もちろんオリンピックに出ることだけでもすごい事なのに、限られた人しかそのチケットを手に入れることはできません。
今、三宅島のクライミングは、2020年の東京オリンピックの開催地として、わずかながらもそこを目指す事ができる場所にいます。
飯山さんも、今年中にパワーアップする、廃校の体育館にあるクライミングウオールの工事に
「人生かけて、命がけで、最高のものを作る」と言ってくれました。
※飯山さんは、これまでも、これからも、常に全力で取り組む方なので、最上級に信頼しています!
その熱意や思いにこたえるべく、自分たちも全力で取り組まなければ、
島全体が前のめりでなければオリンピック目指すなんて難しいとも思っています。
※簡単に口にするなって感じですよね。
だから、本気でやりますよ。誰が何と言おうと。
面白くないと思う人もいるでしょうし、妨害したい人もいると思いますけど、全力で人生かけて、死ぬ気でやります。
一緒に頑張れる人を少しでも巻きこんで、夢を追いたいと思います。