
1992年のアルベールビル五輪のゲレンデ視察でマッターホルンを滑ってから
22年の時が経って、2度目の4000m越えを体験した。
※日本のどこよりも高い場所に立つことは、自分の人生経験の中でも大切な瞬間
昨年の三宅島大学ボルダリングカップが決まった頃から、島の中でいろいろとあって
少しずつ島を脱出する計画を練っていた。
自分がこの先8000mの山に登るわけでもなし、ワールドカップに出るわけでもない。
でも、なんだかモヤモヤと自分の中で一つの区切りを持ちたかった。
そういうタイミングだった。
体積としては世界一の4205mのこの場所は、思った以上に辛かった。笑
島に戻って、飯山健治さんに辛かった話をすると、
「沖山さんは、普段から海抜0に近いところで住んでるんだから当然」と言われた。
カラダが海抜で慣れているので、いきなり数時間で4000mはツライのだそうだ。
飯山さんたちが坪田体育館で仕事をした後、平山ユージさんとキナバルに登った時も
島からいきなり4000m越えで辛かったそうです。
ま、結婚20周年として夫婦でこの場所に立てた事はなにかとスッキリした感じで
この先もまたコツコツ頑張れるのか自分?みたいな謙虚な気持ちになれた。
4205mでは、泣けたよ。まぢで。
出発前に2年間足首につけていたミサンガが切れたのには驚いたけどね。笑
つづく