※作中の『陽菜』は華の章ヒロインと月の章ヒロインで、同名のまったくな別人です

※昨年アップしたちよこれいと  聖ウァレンティヌスの日 と同日のお話です






夕餉の時間も終わり、後片付けも概ね終わった。


順に上がっていく女中仲間に頭を下げながら襷を外し、まだ残っている陽菜さんへと目を向けた。


「陽菜さん、私もあがりますょ…」  


陽菜さんは何かわからない黒い物体と格闘をしていた。


「あの…手伝いますか?」


「あっ…ううん、大丈夫。『ちよこれいと』なんて初めて作るから、時間がかかっちゃって」


「ちよこれいと?」


首を傾げる私に、陽菜さんは今日城下で見聞きした事を教えてくれた。


「お慕いする人に甘味を渡して…愛の告白をする日…ですか」


「うん、だから今日中に信長様に差し上げたくって」


そう言って陽菜さんは赤い顔をして笑う。


「琴音さんはお慕いしている殿方はいないの?」


問われた瞬間に秀吉様の顔が浮かんだ。


でも私は想いを振り切るように頭を振った。


「いいえ…」


陽菜さんは何故か私の顔をジッと眺めしばらく考えた後、私を真っ直ぐに見据えてこう言った。


「琴音さんって…秀吉様をお慕いしているのかと思った」


「なっ…なんでですか?」


「秀吉様とお話している時、凄く良い笑顔でいるから」


「そんな…秀吉様とは身分違いで…」


と言葉を発したところで口噤む。


(陽菜さんと信長様もそうだった)


陽菜さんは京にある小料理屋の娘。


此処に来た経緯は知らないが、紆余曲折を経て清洲城城主である信長様と恋仲になったと聞いた。


「えっとね…秀吉様にべっこうあめをお渡しして、日頃の感謝の気持ちをお伝えしたらどうかな?」


「ご迷惑ではないでしょうか?」


「どうして?皆様結構甘い物好きよね?それに甘い物食べると幸せになるでしょ」


陽菜さんの前向きな考えが眩しく感じる。


(私ってどうしてこんなに卑屈になっちゃうんだろう…)


「ねぇ、作ろう。そんなに難しくないよ。私、ちよこれいと作りながら作り方を教えてあげる」


押し切られた私は、頭を立てに振るしかなかった。






数刻後、私は出来上がったべっこうあめを詰めた小瓶を手に勝手場を出た。


(これを秀吉様にお渡しする…)


陽菜さんに背中を押されたものの、私はまだ激しく迷っていた。


(仕事が押してるから今日はまだ執務室にいるはずって聞いたけど、お忙しいなら押しかけるのはかえって迷惑よね)


ため息を一つつき、べっこうあめの入った小瓶を眺める。


(違う…自分が臆病なのを、秀吉様が忙しいって事のせいにしている)


「はぁ…欠片くらいでも陽菜さんの行動力が私にもあったならな」


「陽菜ちゃんがどうしたの?」


聞き慣れた声に顔を上げると、まさに渦中の秀吉様が目の前にいた。


「あっ…あの…陽菜さん今『ちよこれいと』を作っていて」


「あぁ、あの甘くて黒い菓子だね」


胸がズキッと痛んだ。


(そうだよね…もう誰かにもらってるよね)


「『ちよこれいと』をご存知なんですか?」


声の震えを抑えながら、私は会話を続けた。


「うん、今日南蛮の品を扱っている店に立ち寄ったら、ご相伴にあずかったよ」


どうやら特定の誰かに貰ったわけではないらしい。


ちょっとだけ安心して、小さくため息をついた。


「不思議な食べ物だったけど美味しかった。でも…」


「でも?」


「俺はべっこうあめの方が好きだなぁ。素朴な味がやっぱり馴染む気がする」


秀吉様の話を聞いて、私は咄嗟に手の中にあるべっこうあめの瓶を秀吉様に差し出した。


「あの!良かったら!べっこうあめです」


「えっ?俺に?」


「何時も白玉と赤飯に餌を与えてくれたり、金魚鉢の水替えを手伝っていただいているお礼です!では、失礼します!」


「琴音ちゃん、待って…」


私は熱くなった顔を見られまいと急ぎ足でその場を去った。






「琴音ちゃん、待って…」


呆然としている間に、琴音ちゃんは真っ赤な顔をしながら走り去ってしまった。


手渡された瓶の中のべっこうあめを眺めてみる。


黄金色で透明な飴は丁寧に作られた事が見てとれた。


「これって…たぶんそういう事…なんだよね」


南蛮では二月十四日に『ちよこれいと』という甘味を好きな男性に贈るという。


『ちよこれいと』は希少な食べ物だ。


手に入らなかったから、俺の好物の甘味を用意したのだろう。


「…」


鳴神さんの店での陽菜ちゃんのとの会話を思い出していた。


『陽菜ちゃん、鳴神さんにちよこれいと買ってきたでしょ?』


『あっ…感謝している人に贈るって聞いたので…』


真っ赤な顔をして俯く陽菜ちゃんが、鳴神さんをどう思っているかは一目瞭然だった。


鳴神さんも陽菜ちゃんを大切に思っている。


なのに一向に距離を縮める様子の無い二人に疑問を感じていた。


と同時に、安心感も感じている。


もし鳴神さんが陽菜ちゃんの気持ちを受け入れられない、陽菜ちゃんに想いを伝える事が出来ない『事情』を抱えているのなら、彼女を奪い取る事が出来ると…考えてしまうからだ。


「ずるいな…ホントに俺は」


俺は瓶を開けてべっこうあめを一つつまみ、口に放り込んだ。


優しい甘さが口いっぱいに広がる。


「琴音ちゃんを『特別な女の子』と思えたら、俺の気持ちは楽になるのにな…」


俺のひとり言は早春の冷たい空気に溶けていった。










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今年のバレンタインSSは秀吉さまと琴音


ちょっと切ない終わり方ですが、このお話は恭一郎さんSSに繋がっていきます


恭一郎さんSS内の秀吉さまは、実は月ヒロインの陽菜に恋してます


これ『秀吉さまの恋の沸点が低い』『なんか報われない恋してるイメージ』といった会話の中から生まれた設定です


で『秀吉さまの恋を成就させてあげて( ;∀;)』といった意見があり、秀吉さま専用ヒロイン【琴音】が誕生しました


YouTubeにアップ中の動画の様な仲になるのはまだまだ先


秀吉さまにも琴音にも、色々動いてもらわねば(≖ᴗ≖๑)ʊʊʊ♡


月の章SS 恭一郎/陽菜 はこちらから


華の章SS 秀吉/琴音 はこちらから