Love comes quickly -恋に落ちるのは突然- 前回のお話
午前の授業が終わるチャイムが鳴った。
立礼が終わるか終わらないかのタイミングで、数人の男子生徒が教室を飛び出していった。
皆購買へと走って行ったのだろう。
タイムサービスのスーパー以上に激混みな購買に足を踏み入れたことはない。
女子生徒がワイワイと騒ぎながら机を移動させ、お弁当や持ち寄ったお菓子を広げている。
誰かに声をかけられた気がしたが、気のせいだろう。
私は黙って教室を出た。
屋上へと上がる階段を登る靴の音が煩い。
鉄の扉を開けると、少しムッとした空気が流れてきた。
「梅雨入りしたら…何処でご飯食べようかな」
クラスメイトにいじめられているわけではないが、特別親しいわけでもない。
私は何時も屋上で一人昼食を取っていた。
定位置にしゃがみ込み、膝の上にお弁当を広げる。
お弁当の鉄板メニューである玉子巻を箸でつまんだその時。
「千波さん何時も一人なの?」
目の前に小泉くんが居た。
「わっ」
驚いた拍子にたまご巻きが落下した。
「おっと」
膝にワンバウンドしたたまご巻きを小泉くんが器用に受け止める。
「いただき!…ん!美味い!千波さん料理上手だね」
「…お弁当はお母さんが作ってるの」
「そうなんだ。凄く美味いよ。お母さん料理上手だね」
たまご巻き一個分食べ損ねてしまった悲しみに暮れる私に、小泉くんは言葉を続ける。
「良いなぁ。ホント羨ましい」
断りもなくもなく隣に座る小泉くんに驚いていたが、出会いが衝撃的すぎる事を思い出せばどうってことはない。
「千波さんは料理しないの?」
「たまご巻きを練習中。不格好でホント酷いよ」
「ふぅん…今度味見させて」
小泉くんは手にしていた袋の中をガサガサと漁り、中からパンを一つ取り出して半分に割った。
「これたまご巻きのお礼にあげる。購買のレアパンの『タラモサラダ』」
その名を聞いて私の顔は引き攣った。
「有り難う。でも私タラモ苦手なの。だから遠慮しておくね」
「マジ?こんなに美味いのに?タラコとジャガイモだよ?」
興奮気味の小泉くんは身を乗り出して私に問いかけてきた。
(かっ顔が近い…)
私は平常心を装いながら言葉を続ける。
「タラモってね、本来はタラマ…タラマって魚卵の事なんだけど。タラマとニンニクをパン又はジャガイモに練り合わせた料理の事で、タラコはあくまでも代用品なの。そのまた代用品として辛子明太子使ってたりするから、食べない事にしてる」
「タラコとジャガイモだからタラモじゃないんだ!辛子明太子嫌い?」
「うん。タラコは大丈夫だけど辛子明太子は大ッキライで、口にしたら吐きそうになるよ」
タラモサラダパンを完食した小泉くんは袋からあんドーナツを取り出し、半分に割って私に差し出した。
「じゃあ、あんドーナツあげる」
遠慮しようと思ったが、そんな気遣いは小泉くんには不要だと感じた。
「じゃあ遠慮なく」
受け取ろうと手を伸ばすと、小泉くんはあんドーナツを遠ざけた。
「??」
「千波さんの手が汚れるから。あーんして」
「えっ?!」
「口開けてよ。食べさせてあげるから」
「えっ?ちょ…恥ずかしいし」
さすがに平常心ではいられなかった。
「千波さん顔真っ赤。大丈夫だよ。誰も見てない」
無邪気に笑う小泉くんをこれ以上拒絶するのは申し訳なく思えた。
私は意を決して口を開けた。
「はい、あーん…美味しい?」
「おいひぃ…」
「そ。良かった」
食べさせてもらったあんドーナツは、ひときわ甘く感じた。