宿題を忘れて教室に取りに戻った。
部活動帰りの学生達が帰路につくような、遅い時間帯だった。
だから教室には誰も居ないと思っていた。
運動不足のせいで上がる息を整えながら教室に近づくと、何故か話し声のようなものが聞こえてきた。
(まだ誰かいる…)
扉に手をかけようとした瞬間、話し声は喘ぎ声に変わった。
驚きで固まってしまった私は、手に持っていたスマホを床に落としてしまった。
「誰?」
ちょっとヒステリックな女の子の声が響いた。
私が『逃げる』を選択するより早く、教室の扉が開いた。
「なに?覗き?」
端正な顔立ちの男の子が、私の顔を覗き込んだ。
「いや…あの…宿題が…」
しどろもどろになる私の目の前の男の子の着衣は乱れていた。
教室の奥にいる女の子の服もはだけていた。
瞬間この教室で何をしていたのかに気づく。
「ごごごごめんなさい。私忘れ物して…覗きとかじゃなくて」
アワアワとする私の顔を、男の子は面白いものを見るような顔で見ている。
「結果覗いたでしょ?」
「そうかもしれないんですけどわざとではなくて」
「興醒めしたわ。私帰る」
女の子は私に、超怖い顔で威嚇しながら教室を出ていった。
「ごめんなさい。私…邪魔してしまって」
「ぷっ…教室でこんなことしてた僕らが悪いんじゃないの?学生に有るまじき行為ってやつ」
「いえ…あの…お楽しみの最中を邪魔した私が悪いんです!」
「お楽しみって…ぶはっ!笑える!君って面白い子だったんだね。『芥川千波』さん」
「どうして名前知ってるんですか!?」
「どうしてって…クラスメイトだし(笑)」
男の子はシャツのボタンを器用に片手で止めながら、私の机へと歩いて行く。
「宿題の事なんてすっかり忘れてたよ」
机の中を覗き込みプリントを取り出して、私の隣の机へと目を向けた。
「僕も真面目に持って帰ろうかな」
(えっ?隣の席の人なの?誰だっけ?)
覚えきれていないクラスメイトの顔を思い出していると、突然先生の怒号が響いた。
「誰だ!まだ残って居るのは」
大きな声に驚き、私はさらに固まって動けなくなる。
「やべ…一番煩い体育会系じゃね?逃げよう」
突然手を掴まれて、強い力で引っ張られた。
「お前ら待ちなさい!」
「ホントに待つ馬鹿はいませーん」
もつれそうになる足を交互に動かすので精一杯だ。
気がつけば校門を出ていた。
「あーヤバかった。ごめんね、巻き込んじゃった」
「はい…ハァハァ…いえ…ハァハァ…大丈夫…ハァハァ…です…ハァハァ…」
「全然大丈夫じゃないみたいだね?はい、落ち着いて深呼吸して」
私は言われるまま息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
だんだんと冷静になるにつれ、今一緒にいる『クラスメイト』は誰なのだろうと思い始めた。
(隣の人って…誰だっけ?まだクラスの人全員覚えられてない)
「そうそうゆっくり呼吸して…落ち着いた?」
「はい、おかげさまで」
「良かった!」
そう言って笑う顔に見覚えはあった。
「有り難うございます…えっと…」
「もしかして名前覚えてないの?クラスメイトでおまけに隣の席なのに。酷いなぁ(笑)小泉、小泉海人だよ」
「小泉…小泉くん」
そう言えばそんな名前の人がクラスに居た…気がする。
「遅い時間だし近くまで送っていくよ。何処方面?…ふーん…バイト先の近くだからちょうど良いや」
小泉くんは再び私の手を取り歩き出した。
「あっ有り難う…ございます」
「なんで敬語?」
「いえ…なんとなく」
「敬語中止。同級生なんだし」
「うん…」
「じゃあ行こう」
私は酷くドキドキしていて、手汗が心配で、何よりも小泉くんの存在が気になって仕方がなかった。