ブログネタ:運命の人っているの?
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運命の人はいるのか?
いると言えばいるけど、いないと言えばいない。
確かに人生の転機になった人は過去に何人か出会った。
ただ、それ人達を『運命の人』と言うには軽すぎる気がする。
だって運命の人なんて
この人が運命の人なんだわ~
なんて言い切っちゃえば、誰でも瞬時に運命の人になれちゃうと思う(笑)
先日からいろんな事を考えていて…
いや、たいした事ないし、私は考えてないと死んじゃうたちだから常に何か考えてる。
くだらないブログのネタから始まって
私が今現在息をして生きてる意味とか、人を好きになるって事とか…
この二つは永遠の議題なのね。
特に『人を好きになる』って議題は、私の価値観を理解してくれる人がなかなかいなくて、一人で堂々巡りになっちゃう(苦笑)
それはおいといて
あの人の日記を読んでいた。
更新が滞っているから、過去の日記をいくつか読んでいた。
ふとアメンバー記事のタイトルが目に入って、去年の夏自分の中で大きな出来事があった事を思い出した。
あの時、私がその日記のタイトルを初めて見た時、私は日記を読む事が出来なかった。
私はアメンバーじゃなかったから。
すごく気になって…内容がよりもたくさんの人に知られたくない事があったんだって事実が気になった。
そこに何が書かれているのか、正攻法ではないけど誰かに聞けばわかる事だった。
いや、この場合の正攻法は『アメンバー申請をする』なんだけど、この時の私には出来なかった。
『したい理由』はあるけど、『する理由』がどうしても見つからなかったから。
数日そのタイトルを眺めてて、私は手紙を書く事にした。
知りたいから、気になるからではなく、その人が人に言えない何かを抱えているんじゃないかって…それが気になったから。
返信が欲しかったわけでもない、いや…律儀に返信は来るかもしれないな~くらいは思ってたけど。
ある日あの人から手紙が届いた。
その手紙の中にはあのアメンバー記事のタイトルの意味と、何があったのかが書かれていた。
直接的ではない。
それでもあの日記に何の事が書かれていたのか、私はすぐにわかった。
そうか…この人にも自分の人生において重要な意味を担ってる人がいるんだな。
何度も読み返してはいろんな事を考えたっけ。
その手紙は去年私が階段を一歩だけ上へ上がるきっかけになったものでした。
ずっと欲しくてでもどうしたらいいかわからなかったもの、それをどうしても手に入れたいと思いました。
そのためには自分自身で決めて、自分が動かなきゃいつまで経っても手入れられないんだと思いました。
その後精神的にすごくしんどい期間が訪れて、もしかしたらまた同じ事の繰り返しになるかもしれないと少し怖くなった。
でもこの期間を乗り越えれば、私にとって『始まりの月』の9月に新しい自分になれると…絶対になれる、なってみせるとそう誓った。
その手紙は15年以上鬱という名泥濘に足をとられてぼんやりとしていた私が『自分の力で片足だけでも抜け出せた!』って、そう自信を持って言えるきっかけになったものなんです。
その一通の手紙は、私にとってそのくらい大きなものなんです。
私にとって大切なものをくれたあの人を、簡単に『運命の人だ!』なんていう事は出来ない。
運命ってものが最初から定められた道だとしたら、それはあまりにも当たり前で軽すぎるんじゃないだろうか?
『運命の人』って名のアナタに宛がわれた人がいるんですよなんて、あまりにも他力本願過ぎやしないだろうか?
レール通りに歩くのか見過ごすのか脱線するのか、それは自分の力量次第だと思う。
だったら自分の人生を揺るがすような人を見つけるのも、自分次第だと思う。
その人に出会い自分を変える事も、自分次第だと思う。
『運命』って決まった形があるけどいくらでも形が変えられる、最初から色がついているけど何色にでも変化出来る、そんなものなんじゃないかと思いました。