桜花出張版二度目のクリスマスです。
前回のクリスマスのサブタイトルであった『ベツレヘムの星』をどうしても使いたくて、突発的に書きました。
桜花出張版を書き始めたあたりからいくつか散りばめたキーワード、その一つが『星』です。
私は『星』というキーワードにある思いを込めています。
希望、光、未来…
それはたった一人の人のために…。
車のラジオからはひっきりなしにクリスマスソングが流れている。
私は黙って音楽に耳を傾けながら、外の景色を眺めていた。
やがて車は小高い場所に到着した。
車を出て、歳三さんが指差す先の景色に息をのんだ。
「わぁ~綺麗…。」
クリスマスの夜を彩る明るい光に、私はすっかり目を奪われてしまった。
「街中に星がたくさんあるみたい…。街がこんなに明るかったら、空に光る奇跡の星は…きっと霞んで見えなくなってしまいますね。」
「ベツレヘムの星か?」
「はい。星がどんなに明るく照らしても…きっと見てはもらえないし、きっと必要ない。」
目の前にある明るい光は、人々の幸せの象徴だ。
この光が消えなければ、この光がすべての人の心に届くのなら、きっと誰も迷う事はないのだろう。
「今日山南さんと奥様を見かけました。優里ちゃんも一緒に。山南さんの奥様はマリア様みたいで…すごく綺麗でした。」
優里ちゃんを抱き微笑むその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
慈愛に満ちたマリア。
神の子を生みし聖女マリア。
その姿は、何故か見た事のないみちるさんと重なった。
「私…ずっと考えていたんです。この前優希君を抱っこさせてもらったあの時から。優希君も優里ちゃんも…たくさんの苦難を乗り越えて授かったこの命は、とても神聖なものなんだって。今命を授かった事には、きっと大きな意味があるんだって。歳三さんが一度失ったものを再び手に入れる事が出来たのも、きっと大事な意味があるんだって…。」
でも私には何もあげられない。
この人の何者かになれるわけでもなく、何かを与える事さえも出来ない。
知れば知るほど、現実と向き合えば向き合うほど、自分は無力なんだと思い知らされる。
「ちゃんとわかってるんです。なのに…なんだか苦しくて、わかっているから苦しくて…やっぱり…本当はわかりたくないから…どうしても苦しくなる…。」
じんわりと目の前の景色が滲み始めた。
悟られないように歯を食いしばってみたけれど、目から零れる涙は止める事が出来なかった。
「初めて会った時から比べるとずいぶん大人になったと思ったが…やっぱりガキのままだな。最初からお前は泣いてばかりだ。そして俺はやっぱり…お前を泣かせる事しか出来ねぇみてぇだな…。」
大きな手が背中を優しく擦る。
この人はいつも私を支えてくれる。
泣いてばかりの弱い私を…ずっと支えてくれる。
「私…もっともっと歳三さんに何かをあげたいんです。なのに何もしてあげられない事がすごく…すごく悔しい。近くにいても泣く事しか出来ないし…私、何でこんなにも弱いんだろう。私…もっと早くに歳三さんに会いたかった。みちるさんより早く会いたかった。そしたらきっと…」
これはいいわけだ。
私はみちるさんにはなれない。
どんなにがんばっても、私はみちるさんにはなれない。
周りを引き立てるだけのかすみ草が、美しい百合の花になれるわけがない。
「泣くな!」
「!?」
気がつけば私は歳三さんの腕の中にいた。
もがく事も出来ず、私は堪えきれない嗚咽を洩らす事しか出来なかった。
何の力もない私は、その腕にすがりついてただ涙を流す事しか出来なかった。
「俺の声が聞こえているか。」
「…」
「俺の声はお前に届いているか。届いていないのなら…何度でも言ってやる。」
歳三さんの腕の力が一層強くなった。
「星の光も…声も…最初から…お前に最初に会ったあの日から、俺の元に届いている。だから俺はここまで来れた。自ら失ったものを、またこの手に取り戻す事が出来た。お前は無力なんかじゃねぇ…無力なんかじゃねぇんだよ。お前がいなかったら、俺は一歩も前へ進めやしなかった。だから言っただろ。俺の傍にいろって。離れるな。手を離すなって。これだけ言ってもわからねぇなら…何度でも言ってやる。」
「…」
「俺の傍から…離れるな…ずっと…俺の傍にいろ。」
「…」
「約束だろ?二人だけの…。」
「…い。」
「絶対に忘れない…そうだろ?」
「…は…い。」
涙でぐちゃぐちゃな顔を上げると、空から白いものが舞い降りてくるのが目に入った。
「雪…。」
「今年もホワイトクリスマスだな。…好きなだけ泣け。どんなにみっともなく泣いても、今夜は雪が全部隠してくれる。」
冷たく冷えた指が、私の頬をそっと撫でる。
「それから…俺以外の野郎の前で泣くな。そんな顔…他の野郎に見せるんじゃねぇぞ。」
「ふふっ…歳三さん、勝手な事ばっかり言ってる。」
「ふん…勝手なところは、今始まったわけじゃねぇだろ?」
お互い見つめ合い、笑いを洩らした。
「歳三さん、雪が積もって頭真っ白。」
「ふっ…お前もだ。車に戻るか。涙が凍っちまうし、チビのお前はすぐに雪に埋まっちまう。」
「ひど~い!」
「泣いたカラスがもう笑いやがったな。」
言葉を交わすたび、笑うたびに真っ白な息が立ち上る。
歳三さんの手が私の手を取った。
お互いの冷たい指が絡み合い、じんわりと体温を取り戻そうとしている。
私は黙って空を見上げた。
今夜はクリスマス。
神の子の誕生を祝う聖なる夜。
叶う事のない願いも、きっと叶う奇跡の夜。
だったら願おう、あの空の星に。
空に輝く奇跡の星に。
だったら誓おう、この胸の星に。
私の胸にある輝ける星に。
どうかこの人の幸せが消えてしまわないように。
この人にたくさんの幸福を分け与えられるように。
この人の幸せがずっとずっと…永久に続いていくように。
そして叶うのなら…
この人の傍に…ずっとずっと歳三さんの傍にいられますように。