今年も我が社の吹き抜けがある広いイベントホールには、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
ツリーの天辺には【ベツレヘムの星】が輝いている。
ベツレヘムの星とは東方の三賢者にイエス・キリストの誕生を知らせベツレヘムへと導いた、キリスト教徒にとっては宗教的な星の事だ。
別名クリスマスの星。クリスマスツリーの先端にある星はこれを模したものである。
私は貴方の一番星になれなくてもいい。
貴方を光の方へと導く星になれるのなら…私はそれだけでいい。
今年の12月も、私はもれなく多忙な日々を過ごしている。
今年我が社では『お家クリスマス』をテーマに、オードブルやクリスマスケーキ…とにかくクリスマス関連の商品の販売拡大に大忙しだ。
吹き抜けに飾られた毎年恒例の巨大なクリスマスツリーを眺めながら、私は大きなため息をついた。
(今年のクリスマスも仕事で潰れちゃったな。ふぅ…仕事じゃなくても、誰かと一緒に過ごせるわけじゃないしね。)
歳三さんは今年のクリスマスを家族三人で過ごす。
傷ついた孤高の狼に、やっと訪れた当たり前の幸せ。
ささやかではあるが、三人分のクリスマスカードと優希君へプレゼントを送った。
(寂しくなんかない…寂しくなんか…ないよ…)
目じりに滲んだ涙を拭い顔を上げた瞬間、後ろから誰かが抱きついてきた。
「せんぱーい!サンタガールの衣装めっちゃかわいいですよ!今日は12月25日!盛り上がりはイブの昨日が最高潮だったとしても、クリスマスは今日が本番ですからね!ケーキの予約も去年以上に入っていますし、最後まで気を抜かず盛り上げていきましょーーー!!!」
振り向けば、トナカイの衣装を着たゆきちゃんが興奮気味に立っていた。
「クスクス…赤い鼻までつけたらせっかくの美人が台無しだよ。」
「何言ってんですか!お客様を楽しませるのも仕事のうち。ささっ、もうすぐ開店です。気を引き締めて行きましょー!おー!!!」
「よっし!クリスマス本番盛り上げて行こーーー!!!」
ゆきちゃんにならい手を振り上げた瞬間、開店の音楽が館内に流れ始めた。
夕方になると、予約のケーキの数も当日売りのケーキも少なくなってきていた。
(えっと…あと予約のお客様で来てないのは…三人か。そろそろ念のために電話連絡しようかな。)
予約表をチェックしていると、中に見慣れた名前が見えた。
「あれ?ゆきちゃん、ゆきちゃん、このお渡し未の『山南』ってさ、もしかして桜花の山南さんかな?」
「ホントですね。珍しい名前だし、そうかも。でも、わざわざうちでケーキ買います?斎藤さんのケーキの方が良くないですか?」
「ゆきちゃん!ゆきちゃん!しーだよ!」
「おっと…本当の事とはいえ、つい口が滑りました。」
「確かにさ~斎藤さんのケーキ食べたらそこんじょそこらのパティシエのケーキや有名ホテルのケーキじゃ満足出来ないよね~。」
「確かに~。」
ケースの陰に隠れ二人でクスクスと笑い合っていると、少し遠慮がちな声が耳に入った。
「あの…すいません。」
「「はい!はい!いらっしゃいませー!」」
「予約した山南です。遅れて申し訳ございませんでした。」
「はっ!はい!山南様ですね!」
「ありがとうございます。お待ちしておりました!」
慌ててケーキをケースから取り出し顔を上げると、そこには絶世の美女がにっこりと笑みを浮かべて佇んでいる。
(うわっ!すごい美人!なんか…マリア様みたい。)
「かわいらしいサンタさんと、とても美人なトナカイさんのペアなのね。」
「えっ!どっとんでもないです///。」
「おっお客様の方が断然美人ですよ~。」
突然思いもよらないほめ言葉をかけられ、私とゆきちゃんはしどろもどろになりながら手を振り否定する。
「明里、私と優里を置いて一人で行ってしまうなんて冷たい人だ。そんなに急がなくてもケーキは逃げては行きませんよ。」
「敬助さんごめんなさい。可愛らしいサンタさんとトナカイさんが見えたから、つい足早になってしまって。」
「「あれ?山南さん。」」
ゆきちゃんと声を合わせ視線を向けた先には、優里ちゃんを抱いた山南さんが立っていた。
「メリークリスマス、かわいいサンタさんと綺麗なトナカイさん。今年のクリスマスはずいぶんと力を入れているようですね。気になったので市場調査のため…いえ、明里が斎藤君のケーキ以外も食べてみたいというのでね、今年はこちらのデパートでケーキを予約させていただきました。」
「ありがとうございます。山南様がご予約いただいたケーキは当店一押しのケーキです。試食会でも一番人気でしたから、きっと奥様もご満足いただけると思います。よろしければ後日感想をお聞かせいただけますか?」
「ふふふっ…さすがは老舗デパートの店員さんだ。接客面では見習う事が多いね。」
笑いながら山南さんが近づいてきて、私の耳元にそっと耳打ちをした。
「土方君から伝言です。『仕事が終わったらメールしろ。今日中に渡したいものがある』」
「えっと…歳三さんは…今日もみちるさんと優希君と…一緒じゃないんですか?」
我ながら歯切れの悪い台詞に苦笑が浮かぶ。
それを一掃するように、山南さんは私に優しく笑いかけた。
「みちるの経過がいいと言っても、何泊も外出出来る状態ではないのですよ。土方君は短い時間だけでも聖なる夜を君と過ごしたいと言っていた。それから…みちるから君へのプレゼントを預かっているとも聞いています。」
「みちるさんから?」
「後は仕事が終わった後のお楽しみです。みちるはずいぶん張り切って準備をしていたと、明里からも聞いています。」
(みちるさんから私に?)
山南さんはいつもの優しい微笑みを浮かべながら、軽く手を上げて立ち去っていった。
「おっしゃー!クリスマス終了~♪」
私とゆきちゃんは手早くレジの精算を済ませ、細かな備品をダンボールにまとめて帰り支度を始めた。
「先輩、ツリーが撤収される前に記念撮影しましょう。」
ゆきちゃんがご自慢のデジカメを掲げて笑っている。
力仕事に借り出された男子社員を捕まえ、デジカメを握らせあれこれと指示を出して、私のそばに駆け寄ってきた。
「なるべくツリーがたくさん見えるように撮ってよ~。」
わぁわぁ言いながら立ち位置を探していると、足に何か硬いものが引っかかった。
「あっ…これ。」
「ツリーの天辺にあった星ですね。」
二人で星を覗き込んでいると、シャッターを切る音が響いた。
「あ~もう!ちゃんと正面向いてる時に写してよ~。」
ゆきちゃんと正面に向き直り、星を胸に抱えながら笑顔を向ける。
何度か響くシャッター音に目を瞑ったとか変顔だったとか、文句を言いながら笑い合った。
(あっ!そうだ)
「ゆきちゃん、私の携帯で一枚撮ってくれる?」
携帯を差し出し、私一人でツリーの前に立った。
手を頭の上に高く掲げる。
手には明るく輝くクリスマスの星。
東方の三賢者にイエス・キリストの誕生を知らせ、ベツレヘムへと導いた神秘の星【ベツレヘムの星】を模した星飾り。
これは私。
この星は私。
貴方だけに約束する。
たとえ隣にいられなくても、私は貴方をずっと見守り続けるから。
何度迷ってもこの星のように、絶対に私が貴方を光の方向へと導いてあげるから。
この世から光が無くなって、貴方がすべての光を失っても、私は貴方のためだけに輝き続けるから。
「Merry Christmas!」
この星のように…。